4-1(六)
第4話 吸血鬼はなぜ祭の最中に誘拐事件を巻き起こすのか?
第3話は過去編でしたが、第2話のあとの時系列です。
「だーれだっ」
暗転する。視界を奪われ、誰何する声。目の前にかざされ、顔に触れる手。
不意を打たれて私は硬直した。
誰何する声と言っても、誰かと問うているのは彼女自身のこと。つまり彼女は私のことを知っていて、私には彼女が誰だかわからない。情報の不均衡。あちらからこちらが見えて、こちらからは何も見えない。視界の不均衡。その不均衡の中、私は考える。
こんな悪戯をしてくる相手に心当たりがあるか?
まあ、なくはない。
では、今の声音に覚えはあるか?
ない。全くない。
小さな女の子の声だった。聞き覚えはない。いまだ顔に添えられた湿った手のひらは、大人のものには思われない。私は頭の後ろに目玉が着いているわけじゃないから、見てきたわけではないけれど、その手は若干、下の方から伸ばされていると思う。つまり、この私より身長が低い。
誰だかわからない。近所の子供。親戚の子。考えてみるが全く心当たりがなかった。
わからない、と声に出して降参すると、手が私の顔から離れ、木陰に潜んだ陽光が目の奥を刺す。この特別なハレの日にも、この校舎裏の林の奥は、幽世のごとく静かだった。
振り返ると、そこに立つのは予想の通り、女の子だった。身長の方も読み通りだが、着ているのは私と同じ、流鶯の制服らしきブレザー姿。しかし、これは私が自分で言うのは癪なのだけれど、癪ではあるのだけれど、その身長では高校生には見えない。耳を出して後ろ目に二つ結びにしている髪。丸くて幼い顔立ち。くるりとこちらを見上げる瞳。たまたまうちと似ている制服を着た中学生、というのが自然な推理ではある。今日が流鶯祭であることも傍証になろう。中学生も多く訪れている。
だが問題は、やっぱりこの子のことを私は知らないということだ。
なのに少女の目つきは、私を知っている顔だ。私の戸惑い顔を見て、わからないのかと笑っているようだ。情報の不均衡が解消しない。そこに謎のにおいがあり、不思議のきらめきがあり、私の頭の奥に警報が鳴り響いている。
瞬きした次の瞬間には少女の手が動く。伸びたその手が私の顔に押し迫り、頬を撫でる。頬の中に埋まって、口蓋を撫でて通り過ぎ、眼窩の奥に指をかける。指の爪が神経の奥に火花を散らし、少女が私の目玉を、私の秘密を、奪い取った。