4-2(六)
突然訪れた激痛は引くのも一瞬だった。
「痛ッ……」
反射的に手で目の前を覆うのだけれど、その頃にはもう痛みは消えている。手を外せば少女が相変わらずニヤニヤとこちらを見ており、その笑みがどうにも年下の女の子には思えない。
……さすがに察しがついてきた。
私の目のことを知っている。それにこの痛み、呼び出されるときのと同じ。察しはついた。察しはついたが、受け入れがたい。
「ん? やっと余のことがわかったか。お前の目が節穴になったかと心配したわ」
女の子が言った。
「余? え? 一人称、余?」
そんなキャラじゃなかっただろ、と怒りを込めつつ振り返ると、簡素に組まれた木枠の祠の中、人の頭ほどある石は何事もなかったかのようにそこに佇んでいる。
私が謎を奉納している相手。
私が謎を見通す眼を借りている相手。
その石は、今日に限っていつものようにその表面に目を開きはしない。
「石のときはそんな声でもなかったし……」
混乱して、何に対する抗議なのかよくわからないままに私は呟いた。この石の目玉様(呼び方がわからないからそう呼んでいる)、喋るときにはなんだか不思議な、それこそ男とも女とも、子供とも老人とも言えない、それらが全部混ざったような奇妙な声で喋っていた。口調も継ぎ接ぎされたような不自然さで、狂ったボイスチェンジャー越しのよう。
そして、少なくとも自分のことを余なんて呼んでいた記憶はない。
「依代に合わせたまでだ」
後ろから女の子が言った。本当にこれがあの目玉の石なのか……。
「依代ってなんですか」
「この身体よ。悪くないだろう?」
そう言って女の子は身体を一回転させる。
「なんで子供なんですか? うちの制服着てるのに」
いや『余』は依代に合わせられてないだろ、というのは一旦置いておく。
「そこはまあ、予算の都合でな。足が出た」
「むしろ足が短いという話をしています」
「おかしいか? 多少背は低いがお前と大して変わらないだろう?」
「変わります。私より低い」
「いやあそんなに変わらないん」
「変わります。私より低い」
「はあ」
「予算ってどういうことですか?」
「お前が集めた謎がそれなりに溜まってきたからな」
「え……そういう使い方ができるんですか」
私はこの目玉様のため、謎を集めては奉納してきた。それが、『謎を見つける目』を借り受ける対価だったからだ。別にそうしないとダメだとか、ノルマがあるとか言われたわけではない。ただ、私にとってもそれは楽しいことだったから、こんな常識外の存在に対して使うべき言葉遣いではないかもしれないが、いわば利害が一致していたのだ。
よく、妖怪変化は人間からの恐れでできているとか、神々は信仰されないと力を失ってしまうとか、そういう話がある。この目玉様が謎の奉納を求めるのもそういう類いの話かと想像していたのだが、謎のパワーの使い道が依代作りとは初耳だ。
「うむ。今日は祭だからな。六花や、余を案内しろ」
「……は?」
「なんだ?」
「祭って、流鶯祭ですか? 目玉様が?」
本日は、我が流鶯高校の年間イベントとして体育祭に次いで盛大に催される学園祭、『流鶯祭』の第二日である。
「この姿の時にその目玉様というのはやめろ。そうだな、メイシちゃんと呼べ」
目石ってこと?
一人称、余。他称、メイシちゃん?
無茶苦茶だ。
「え、流鶯祭がみたくて依代作ったんですか?」
「そうだぞ。早く行くぞ、事件を探しに」
「事件?」
展開が早くて鸚鵡返ししかできずにいる私を、メイシちゃんはぴしりと指さした。
「そうだ。あのなぁ六花。お前が持ってくる謎。どれも悪くはないが、小さい。全部が全部、日常の謎ではないか」
いきなり何を言っているんだと思った。
最初に私に目玉を与えたときから、持ってくる謎はなんでもいい、身近なもので構わないと言ってたじゃないか。だいたいそもそも、
「私、一応普通の高校生活送ってるだけなんで、つまり普通の日常なんで、そりゃ日常の謎でしょうが」
「そろそろ日常の謎に飽きてきた」
「シリーズタイトルを否定しないで下さい」
「もっと大きいのが欲しい。本格なやつ」
「大きいのって言ったって」
「ほら、殺人とか」
「そんな身近に殺人があってたまるか!」
「今日ならあるかも知れぬだろう? 何と言っても、年に一度のハレの日だ」
「流鶯祭が? ないですよ。殺人とか」
「殺人はもののたとえよ。ともかく、大きな事件の気配がする。とてつもない一大事が迫っている。そういう輝きが見て取れるのだ。だからこうして依代まで用意した」
要は流鶯祭というイベントに合わせてはしゃぎたい、という話なのだろうか。いくら何でも俗すぎやしないか。
まあ、元々「謎を持ってこい」と命ずる時点で、人間のことなど興味ないタイプの神仏というより、人間に興味大ありの怪異ではあったのだろうと思う。でも、いきなり女の子の姿で出てきて案内しろと言われても戸惑う。
それに、私としては一番重要なのは、目玉のことで。
「あの、それで、目玉は」
「だからメイシちゃんと呼べと言っているだろう」
「いやそうじゃなくて、私に貸してくれていた目の」
「ああ、これか」
そう言ってメイシちゃんは片目の下に指を当てる。あかんべをしているみたいだ。
「今日は返してもらう。うむ、今日の祭で起こる大事件の謎を、お前が余よりも早く解けたらもう一度貸してやろう」
「え。解けなかったら?」
「そのときは……そうだな。このあいだ樹から落ちてきた、あの金髪娘にでも貸してやろうか。なかなか面白そうじゃないか」
「いやなんでそうなるんですか。絶対やめて下さい」
それだけは勘弁して欲しかった。しかし何故に絶対やめて欲しいのかを考えてみると、理由を上手く言語化できない。ともかく謎の気配を見通す目玉、あれがなくては始まらないと私は思っている。今だって久方ぶりの肉眼の視界が酷く落ち着かない。しかもその目玉が出雲泉水の手に渡るとなれば、ひどく落ち着かない。なぜだろう。わからない。
「ともかく、行くぞ六花。祭はもう始まっている」
さっさと歩き出そうとするメイシちゃん。私は溜息をついた。
「ああ……はい。ちょっとだけ通話させて下さい」
かなり面倒なことになっている。謎を見る目を取られてしまっては、言うことを聞くしかない。だがそもそもあの目は借り物だったはずで、取られたというか回収されただけ。調子に乗って使い倒していた私の方が悪いのだ。それが自分でもしっかりわかっているからこそ、余計に質が悪い。
流鶯祭二日目の今日、地学部の展示は、朝は三人で準備して(といっても昨日の続きだから、そんなにやることはない)、午前中の店番は私と出雲泉水の予定だった。目玉様、いや、メイシちゃんの接待をしないといけないとなれば、交代を頼む必要がある。
「あ、霧島? ちょっとお願いがあって……あー、今日の展示の準備と店番だけど、お願いできないかな。私その、知り合い、いや、中学の後輩……いや、嘘嘘、違う、後輩じゃなくて。後輩じゃなくて! 親戚の子が来てて。その相手しないといけなくってさ、本当に申し訳ないんだけど……大丈夫? ありがとう! 助かるよ、やっぱり持つべきものは頼れる後輩だなぁ! 本当にありがとう!」
私が通話しているのをニヤニヤしながら眺めていたメイシちゃんは、
「恋人に電話をかけさせている浮気相手の気分だな」
と言った。
最悪だと私は思った。




