第7話「ドブさらいと余計な閃き」
「――というわけで、今回のペナルティは、町の側溝掃除です」
翌朝、ギルドに呼び出された三人に、エルザはにこやかに、しかし有無を言わさぬ調子で言い渡した。
「側溝、掃除……」
「大通り沿いの水路、最近詰まりがひどくて、住民から苦情が来てるんです。ちょうどいいので、皆さんにお願いしますね」
「ちょうどいいって……」
「体を使って反省してもらう、一番分かりやすい方法かなと思いまして」
エルザの笑顔の圧に、三人は何も言い返せなかった。
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大通りの端、町を巡る水路の前に立った三人は、揃って渋い顔をしていた。長年の泥と落ち葉、正体不明のヘドロが堆積し、なんとも言えない臭気が漂っている。
「うわ、こりゃひどいな……」
「臭い……」
「これを、素手で?」
ミレイが、恐る恐る側溝を覗き込んだ。その瞬間、レオとガレスが、示し合わせたように一歩前に出た。
「ミレイはいい、下がってろ」
「え?」
「こんな汚い作業、女の子にやらせるわけにはいかない。俺たちがやる」
レオがきっぱりと言い切ると、ガレスも無言で頷いた。
「いや、別に気を遣わなくても……」
「駄目だ。これは男の意地の問題だ」
「意地って、そういうことに使うものなの……?」
ミレイの困惑をよそに、レオとガレスは長靴に履き替え、意気揚々と側溝の中へと入っていった。
「うおっ、思ったより深い……!」
「滑る、気をつけろ」
「ぬかるみが酷い、足取られる――うわっぷ!」
案の定、レオは早々にバランスを崩し、側溝の中で盛大に転んだ。全身泥まみれになったレオを見て、ミレイは思わず吹き出した。
「大丈夫? 全然大丈夫そうに見えないけど」
「へ、平気だ! これしきのこと!」
強がるレオをよそに、作業は遅々として進まなかった。素手とスコップだけでの泥かき出しは、想像以上に重労働だったのだ。
「……このペースじゃ、日が暮れても終わらないんじゃ」
ミレイが呟いた、その時。
「じゃあ、私も何か手伝うよ」
ミレイはそう言うと、水路の少し離れた場所に立ち、杖を構えた。
「――《ウォーター・フラッシュ》」
澄んだ声での詠唱とともに、勢いよく水が噴き出し、側溝内の泥やゴミを一気に押し流していく。レオとガレスが半日かけてようやく掻き出した量を、ものの数分で洗い流してしまうほどの威力だった。
「おお……! すごいな、ミレイ!」
「魔法って、こういう使い方もできるんだね。まあ、生活魔法の応用だけど」
得意げに笑うミレイを見て、レオの中で、何かがひらめいた。
「……待てよ。それなら、俺もあれをやれば早いんじゃないか?」
「え?」
「泥かき出すより、水でまとめて流した方が絶対早いだろ! 俺も水魔法、多少は使えるし!」
「レオ、待って、それはやめた方が――」
ミレイの制止も虚しく、レオはすでに杖を構えていた。今まさに、丹念にかき集め、あと少しでまとめて運び出せる状態になっていた泥の山――レオとガレスが半日がかりで作り上げた、ペナルティ作業の唯一の成果――に向かって。
「見てろ、《ウォーター――》」
「レオ、やめろ、それ――」
ガレスの制止も間に合わなかった。
「――フラッシュ!!」
詠唱と同時に、制御の利かない水流が、まとめられた泥山めがけて盛大に噴き出した。
「うわあああああっ!?」
泥は綺麗さっぱり流れる――どころか、四方八方に飛び散り、せっかくまとめた分がそっくりそのまま、再び側溝全体にぶちまけられる結果となった。レオ自身も、頭のてっぺんから泥を被り、見るも無惨な姿になっている。
しん、と静寂が流れた。
「……レオ」
ミレイの声は、低く、そして冷たかった。
「な、なんだ……?」
「今まで頑張って集めた分、全部台無しになったんだけど」
「あ……」
レオは恐る恐る側溝を振り返った。半日かけて一箇所にまとめた泥は、見事に元通り――いや、それ以上に広範囲に散らばってしまっていた。
「せっかく私が手伝って、効率よく終わらせようとしてたのに……!」
「い、いや、俺もよかれと思って……」
「よかれと思って、状況を悪化させるの、あんたの十八番だよね」
ガレスも、泥まみれの側溝を見つめながら、深いため息をついた。
「制御できない魔法、使うな。前にも、言ったはず」
「面目ない……」
しょんぼりと肩を落とすレオに、二人の視線は容赦なかった。
「もう、いいよ。私がまた流すから、あんたは大人しくスコップだけ持ってて。魔法は禁止」
「……はい」
「返事、良すぎ」
ミレイの呆れた突っ込みに、レオはますます小さくなるしかなかった。
結局、その日の作業は、レオの余計な閃きのせいで、当初の予定よりも二時間近く長引くこととなった。日が完全に暮れた頃、ようやく側溝掃除を終えた三人は、揃ってぐったりと座り込んでいた。
「……疲れた」
「私、今日は魔法使いすぎて腕上がらない」
「……申し訳ない」
しょげ返るレオの隣で、ガレスがぽつりと呟いた。
「次からは、思いついても、まず聞け」
「肝に銘じます……」
三人が並んで座る側溝は、ようやく綺麗な流れを取り戻していた。清々しいほどに澄んだ水音だけが、疲れ切った三人の耳に、やけに心地よく響いていた。
「まあ、でも」
ミレイが、ふと空を見上げながら呟いた。
「終わったは終わったし、いいか」
「そう言ってもらえると、助かる……」
「次、余計なこと思いついたら、まず私かガレスに聞くこと。いい?」
「はい、肝に銘じます」
「さっきも同じこと言ってたね、それ」
「そ、それだけ反省してるってことで……!」
軽口を叩き合いながら、三人は泥だらけの体のまま、夕暮れの町を並んで歩いていった。明日はきっと、もう少しまともな依頼にありつけますように――と、レオは柄にもなく、そんなことを願うのだった。




