第6話『再会と、撃ち漏らした責任』
あの一件から一週間。「無鉄砲な三馬鹿」は、エルザの信頼を取り戻すべく、真面目に依頼をこなす日々を送っていた。
「よし、これで五連続達成だ!」
最新の討伐依頼――中型の岩トカゲ討伐――を無事に終え、レオは胸を張った。今回は事前の準備も作戦も、いつになくきちんとしていた。ついでに、道中で見つけた薬草を集めて納品する、というついで依頼も一緒に受けていた。籠いっぱいの薬草は、そのまま報酬に直結する大事な「商品」だ。
「役割交代の一件があってから、二人とも詠唱ちゃんと練習するようになったもんね」
「あの時の情けなさは、二度と味わいたくないからな……」
ガレスも珍しく、同意するように頷いた。
「よし、この調子でギルドに帰って、エルザに『成長した』ってところ見せてやろう!」
三人は意気揚々と、町へ向かう街道を歩いていた。だが、その足取りが、ふいに止まる。
「……今、悲鳴聞こえなかった?」
ミレイが鋭く反応した。耳を澄ますと、街道から少し外れた草むらの方角から、確かに小さな悲鳴と、獣の唸り声が聞こえてくる。
「行くぞ!」
レオが真っ先に駆け出し、ガレスとミレイもすぐに続いた。
草むらを抜けた先に広がっていたのは、想像以上に緊迫した光景だった。傷ついた角ウサギに似た魔獣――ただし体が一回り大きく、目が赤く光る変異個体――が二頭、一人の少女に襲いかかろうとしていたのだ。
「――!」
少女は木の根元にうずくまり、震えながら両腕で頭を庇っている。着ている服は、見覚えのある粗末なものだった。
「あの子、って……」
ミレイが息を呑む。レオも、その顔を見て思い出した。ラルフィードで出会った、あの少女だ。
「くそ、考えるのは後だ!」
レオは迷わず飛び出し、魔獣の一頭に体当たりを叩き込んだ。
「うおおおおおおっ!!」
「相変わらず脳筋だね、でも今はそれでいい!――《フレイムアロー》!」
ミレイの詠唱が正確に決まり、炎の矢がもう一頭の魔獣を怯ませる。その隙を逃さず、ガレスが踏み込み、剣の一閃で仕留めた。
残るもう一頭も、レオが力ずくで押さえ込んでいる間に、ミレイの追撃が決定打となった。二頭の魔獣は、ほどなくして地に伏した。
「はぁ……はぁ……大丈夫か!?」
レオが少女に駆け寄る。少女は涙をいっぱいに溜めながら、こくこくと頷いた。
「あ、あの時の……」
「覚えててくれたか。またお前か、って感じだな」
レオが苦笑しながら手を差し伸べると、少女はおずおずとその手を取り、立ち上がった。
「怪我はない? どこか痛いところは?」
ミレイが優しく声をかけ、少女の体を確認する。幸い、擦り傷程度で済んでいるようだった。
「よかった……。それより、なんでこんなところに、一人でいたの?」
少女はしばらく俯いていたが、やがてぽつぽつと事情を話し始めた。
「……採取依頼。薬草を集める依頼、受けたの。弟の薬代、まだ全然足りなくて……子供でも受けられる依頼、これくらいしかなくて」
「一人で!? こんな危険な場所を!?」
「薬草が生えてる場所、安全なところはもう他の冒険者に採り尽くされてて……仕方なく、少し奥まで来たら……」
少女はそこで、恐怖を思い出したように身を震わせた。
「急に、魔獣が二頭、襲ってきて……。どうしよう、って思ってたところに、貴方たちが……」
「そうか……。にしても、この辺りに、こんな凶暴な魔獣が出るなんて話、聞いてなかったが」
レオが訝しげに、倒れた魔獣を見下ろす。ガレスも、その死骸を注意深く観察していた。
「……この傷」
「ん? どうした、ガレス」
「これ、他の誰かが付けた傷。浅い。仕留めきれていない」
ガレスの指摘に、レオとミレイは魔獣の体をよく見た。確かに、複数の切り傷や、矢の刺さった跡が残っている。だが、どれも致命傷には至っていない、中途半端な攻撃の痕跡だった。
「……これ、もしかして」
「誰かが討伐に来て、仕留めきれずに逃げた、ってこと?」
ミレイの推測に、ガレスが頷く。
「おそらく。手負いの魔獣、凶暴化しやすい。逃げられた個体、この辺りをさまよっていた可能性、高い」
「じゃあ、その撃ち漏らした奴らのせいで、この子が危険な目に……!」
レオの声に、怒りが滲んだ。
「許せないな、それは」
少女は、状況をようやく理解したのか、小さく震える声で呟いた。
「私、悪くない、の……?」
「当たり前だろ。お前は依頼をこなそうと必死だっただけだ。悪いのは、魔獣を中途半端に痛めつけて、後始末もせず放置した奴らだ」
レオがきっぱりと言い切ると、少女の目に、じわりと涙が浮かんだ。
「……ありがとう。また、助けてくれて」
「気にするな。それより、薬草は集まったのか?」
「……これだけしか」
少女は小さな籠を差し出した。中には、震える手で摘んだのだろう、不揃いな薬草が数本、入っているだけだった。
「よし、じゃあ手伝ってやる。三人がかりなら、すぐ集まるはずだ」
「え……」
「魔獣ももう始末したしな。安全なうちに、さっさと集めて帰ろう」
レオの提案に、ミレイもガレスも、迷わず頷いた。三人と一人は、それから日が傾くまで、周辺の薬草を丁寧に集めた。だが――。
「……これだけしか。全然足りない。弟の薬、あと何日か分、買えるかどうか……」
俯くノアを見て、レオはしばし考え込んだ。それから、自分の背負った籠――先ほどの納品依頼のために集めた、質のいい薬草がぎっしり詰まった籠――を、ずいと差し出した。
「よし、これも持っていけ」
「――え!?」
真っ先に反応したのはミレイだった。
「ちょ、レオ、それ、納品依頼の分だよ!? 私たちの報酬になる薬草だよ!?」
「分かってる。でも、こっちは弟の薬代がかかってるんだ。多少の報酬より、優先すべきことがあるだろ」
「い、いや、気持ちは分かるけど! せめて半分とか、加減はないの!?」
「加減とか考えてたら、俺の柄じゃなくなるだろ!」
開き直ったレオの返答に、ミレイは頭を抱えた。ガレスは、無言のまま自分の籠の中身も、静かにノアへと差し出していた。
「……ガレスまで!?」
「困っている人、放っておけない。それに」
ガレスは、ちらりとレオを見た。
「一人だけ格好つけさせるの、性に合わない」
「くっ……この土壇場での連帯感……!」
ミレイは天を仰いだが、結局、自分の籠の中身も渋々とノアの手に押し付けた。
「もう! 知らないから! 私は反対したからね!」
「ミレイ……ありがとう」
「その笑顔、ずるい……!」
こうして、納品用に集めた薬草は、すべてノアの手に渡ることとなった。三人の籠は、見事なまでにすっからかんになっていた。
「本当に、いいの……? こんなに」
「いいから、早く弟のところに持っていってやれ」
「あ、ありがとう……! 本当に、ありがとう……!」
ノアは何度も頭を下げながら、薬草の詰まった籠を抱きしめ、町の方へと駆けていった。その後ろ姿が見えなくなるまで、三人はその場に立ち尽くしていた。
「……よし、いいことした!」
「いいことはしたけど、依頼はどうするの、依頼は」
「あっ」
レオの顔から、みるみる血の気が引いていった。
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ギルドに戻った三人は、討伐依頼の完了報告を済ませたあと、恐る恐る、薬草納品の件を切り出した。
「――というわけで、納品分の薬草が、その、手元にないんだが」
「はい?」
エルザの笑顔が、音を立てて凍りついた。
「納品依頼、受けてましたよね。今朝、しっかり確認しましたよね」
「そ、それがその、事情があって……」
「事情、聞かせてもらえますか」
レオは、事の顛末を正直に話した。魔獣に襲われていた少女を助けたこと、薬代に困っていたこと、そして、納品用の薬草をすべて渡してしまったこと。
話を聞き終えたエルザは、額に手を当て、深いため息をついた。
「……気持ちは、分かります。分かりますけど」
「だろう!? だから――」
「依頼は依頼です。納品できなかった分は、ペナルティ対象になります」
「そ、そこをなんとか……!」
「レオさん、これで何度目ですか。今回の件で撃退した魔獣の後始末で評価を上げたばかりなのに、依頼放棄で評価を下げるんですか」
「どうして依頼の報告のたびに、そんなに評価が上がったり下がったりするんですか。ジェットコースターか何かですか、あなたたち」
「そ、それは言われてみれば……」
「い、いや、放棄じゃなくて、人助けの結果というか……!」
「困っている人を助けたのは立派です。立派ですけど、それとこれとは話が別なんです!」
エルザの正論に、レオはぐうの音も出なかった。
「言い訳させてもらうなら、俺だけじゃなくガレスも渡したし、ミレイも最終的には賛成した!」
「ちょっと、私を巻き込まないでよ! 最初に反対したの私だからね!?」
「土壇場では賛成してただろ!」
「渋々でしょ、渋々!」
「言い争ってないで、二人とも反省してください」
エルザの一喝で、レオとミレイはびしっと姿勢を正した。ガレスは、我関せずといった様子で、静かに目を逸らしていた。
「ガレス、あなたもですよ」
「……はい」
三人揃って、深々と頭を下げる。
「今回は温情で、ペナルティは軽めにしておきます。でも次はないですからね」
「あ、ありがとうございます……!」
心底安堵する三人に、エルザは呆れたように、それでもどこか優しい目を向けた。
「まったく……。困っている子供を放っておけないのは、悪いことじゃないんですけどね。もう少し、上手くやる方法を考えてください」
「肝に銘じます」
「胸に刻みます」
「善処する」
三者三様の返事に、エルザは思わず小さく吹き出した。
ギルドを出た夕暮れの帰り道、ミレイがぽつりと呟く。
「結局、報酬もペナルティで目減りだし、散々な一日だったね」
「まあ、でも、ノアの弟のためにはなっただろ」
「それはそう、なんだけどさ」
ミレイは苦笑しながら、隣を歩くレオを見た。
「レオって、本当、損得より先に体が動くタイプだよね」
「褒めてるのか、それ」
「さあ、どうだろう」
からかうように笑うミレイに、レオも釣られて笑ってしまう。ガレスも、口元だけ、わずかに緩めていた。
まだ見ぬノアの弟の回復も、次のペナルティ覚悟の依頼も、すべてはまた、次の物語へと繋がっていくのだった。




