第5話「役割交代の一日」
ラルフィードでの騒動から数日後、一行は元の町に戻り、いつも通りの依頼をこなしていた。角ウサギの討伐を終え、ギルドで報酬を受け取ったその場で、事件は起きた。
「はい、報酬の銀貨9枚です」
「よっしゃ、じゃあいつも通り三等分で――」
レオが銀貨を三つに分けようとした、その手を、ミレイが止めた。
「待って」
「ん? どうした」
「その分配、やっぱりおかしいと思う」
レオとガレスは、思わず顔を見合わせた。
「おかしいって……いつも通り、三等分だろ?」
「そう、それがおかしいの」
ミレイは腕を組み、真剣な顔で続けた。
「よく考えてみて。前衛の二人は、毎回体張って、傷だらけになって、時には命の危険まで冒してる。私は後ろで魔法撃ってるだけ。それなのに同じ取り分って、割に合わなくない?」
「……え、それ、取り分増やせって話か?」
「逆。私の取り分を減らして」
「は?」
レオとガレスが同時に間の抜けた声を上げた。
「私の取り分、多すぎると思う。もっと前衛に手厚く配分すべきじゃないかな、って」
「いやいやいや、待て。ミレイの魔法がなかったら、そもそも討伐なんて成り立たないだろ」
「そうだけど……なんか、申し訳なくて」
珍しく殊勝なことを言うミレイに、レオは腕を組んで唸った。一方、ガレスは横で、微妙に落ち着かない様子を見せていた。
(待て……もし配分が変わって、俺の取り分が減ったら……)
寡黙な剣士の胸中には、密かな不安が渦巻いていた。実のところ、ガレスは装備の手入れに毎月それなりの出費をしており、収入源が減ることは死活問題だったのだ。
「な、なあミレイ。三等分は、パーティーの基本にして絶対のルールだと思うんだ。今更変えるのは――」
「レオがそう言うのも分かる。でも、私はちゃんと納得したいの」
ミレイの目は、意外なほど真剣だった。
「じゃあ、こうしよう」
しばらく考え込んだ末、レオが提案した。
「一度、役割を入れ替えてみよう。ミレイが前衛、俺とガレスが後方支援。それで、前衛がどれだけ大変か、実際に体験してみればいい」
「……それ、名案かも」
「よし、決まりだ! 次の依頼で試してみよう!」
こうして、Fランクパーティーの珍妙な「役割交代デー」が決定したのだった。
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翌日、選ばれた依頼は『森林の角ウサギ、五体討伐』という、比較的軽めのものだった。
「よし、慣らし運転にはちょうどいい相手だな」
「うん、これなら私でも――」
ミレイは借り物の軽装の剣を構え、意気込んでいた。だが、その表情には、隠しきれない緊張が滲んでいる。
「レオ、俺、後方から援護魔法……で合ってる?」
「多分な。俺もよく分かってないが」
レオは慣れない杖を手に、首をひねっていた。ガレスも同様に、見よう見まねで詠唱書を開いている。
森に入って早々、角ウサギの群れと遭遇した。数は五匹。見た目こそ愛らしいが、額に生えた鋭い角は、それなりの脅威を持つ。
「よし、いくよ!」
ミレイが剣を構え、勇ましく飛び出した。
「た、たあっ!」
振り下ろした一撃は、しかし空を切った。角ウサギの俊敏な動きに、まったくついていけていない。
「にゃっ!?」
逆に角ウサギの体当たりを食らい、ミレイは尻もちをついた。
「ミレイ! 大丈夫か!」
「だ、大丈夫……って、思ったより速いし固い! こんなの相手に、レオたちいつも戦ってるの!?」
「そういうことだ! 前衛は見た目より過酷なんだよ!」
その間にも、角ウサギたちは次々と襲いかかってくる。レオは慌てて杖を構え、覚えたての呪文を唱えようとした。
「え、えーっと……《ウォーター――》あれ、次なんだっけ」
「レオ、詠唱合ってる! でもそれ、攻撃用じゃなくて、洗い物とかに使う生活魔法の詠唱句だよ!」
ミレイの叫びも虚しく、レオの杖からは、小さな水鉄砲程度の水流がちょろちょろと放たれるのみだった。
「し、しょぼい!」
「ぐっ……こっちも上手くいかない……」
ガレスもまた、慣れない詠唱に四苦八苦していた。本来なら剣で瞬時に片付けられる相手のはずが、魔法の制御が全くできず、無駄な時間ばかりが過ぎていく。
「や、やばい、囲まれてる!」
三人はあっという間に、角ウサギの群れに包囲される形となった。前衛のミレイは思うように動けず、後衛のレオとガレスも攻撃手段を失っている。
「……これ、詰みじゃない?」
「認めたくないが、その通りかもしれん」
「撤退だ!! みんな、逃げるぞ!!」
レオの号令一下、三人は情けなくも全力で森の中を走り出した。背後からは、角ウサギたちの追撃が続く。
「くっ、こんな雑魚相手に敗走するなんて……!」
「文句言ってる暇があったら走って!!」
三人は転がるようにして森を抜け、なんとか安全な場所まで逃げ切ることに成功した。息を切らしながら、その場にへたり込む。
「はぁ、はぁ……危なかった……」
「まさか、角ウサギ相手に撤退することになるとはな……」
「私も、前衛がこんなに大変だなんて、思ってなかった……」
ミレイは息を整えながら、しみじみと呟いた。
「レオもガレスも、いつもこんな危険な思いしてたんだね。ごめん、私、分かってなかった」
「いや……こっちこそ、ミレイの魔法がどれだけ的確に敵を仕留めてくれてたか、改めて分かったよ」
レオが真剣な顔で言う。
「俺たちの攻撃は、正直粗い。でも、ミレイの魔法があるから、確実に敵を仕留められてる。今日みたいに、詠唱すらまともにできなかったら、討伐なんて夢のまた夢だ」
「……そう、かな」
「ミレイは、パーティーの最後の砦なんだよ。俺たちがどれだけ暴れても、最後にちゃんと仕留めてくれるのはミレイだ。フィニッシャーとしての役割、めちゃくちゃ重要だぞ」
珍しく真面目なレオの言葉に、ミレイは目を丸くした。ガレスも、静かに頷いている。
「……そっか。うん、そうだよね」
ミレイは小さく笑い、立ち上がった。
「分かった。じゃあ、報酬の分配は、今まで通り三等分ってことで」
「よし、決まりだな!」
「役割交代の日は、今日で終わりってことで」
「賛成」「賛成」
三人の意見が、珍しく即座に一致した瞬間だった。
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しかし、話はそれだけでは終わらなかった。
ボロボロの姿でギルドに戻った三人を出迎えたのは、受付嬢エルザの、これ以上ないほど冷ややかな視線だった。
「……あの。依頼の角ウサギ討伐、達成報告に来られたんですよね?」
「あ、いや、それが……」
「森の見回りに出ていた別の冒険者から、報告受けてるんですよ。『Fランクの三人組が、角ウサギの群れに追いかけ回されて、大騒ぎしながら逃げていった』って」
「……」
三人は同時に視線を逸らした。
「装備も役割もめちゃくちゃな状態で依頼に挑んで、あまつさえ撤退。しかも達成できなかった依頼、これで何回目だと思ってます?」
「……面目ない」
「遊び半分で依頼を受けないでください。冒険者は、遊びじゃないんですよ」
エルザの静かな叱責は、下手な怒鳴り声よりもよほど効いた。三人は揃って深々と頭を下げる。
「以後、気をつけます……」
「本当にお願いしますね。次、変な役割交代とか始めたら、しばらく依頼受注、止めますから」
「そ、それだけは……!」
青ざめるレオを見て、エルザは小さくため息をつきながらも、どこか呆れたような笑みを浮かべた。
「はぁ……。まあ、いいです。次からは気をつけてくださいね」
ギルドを後にした三人は、夕暮れの道を並んで歩いていた。
「……今日は散々だったな」
「うん、本当に」
「だが、収穫もあった」
ガレスがぽつりと言うと、ミレイが小さく笑った。
「そうだね。報酬の分配、これで心置きなく三等分できる」
「それに、お互いの大変さも分かったしな!」
レオが明るく言うと、ミレイもガレスも、思わず頷いた。
こうして、Fランクパーティーの「役割交代デー」は、依頼失敗とギルドからのお叱りという苦い結末を迎えつつも、三人の間には、また少し違った絆が芽生えたのだった。




