第4話『贈り物と誤解の連鎖』
三日目の昼過ぎ、一行はようやく隣町「ラルフィード」の門をくぐった。石造りの街並みと、賑やかな市場の喧騒が、旅の疲れを一瞬忘れさせてくれる。
「着いた……! 着いたぞ、ついに!」
レオが感慨深げに空を仰ぐ。
「長かったねぇ、ほんと」
「まずは依頼達成の手続きだ。ギルドはどこだ」
ガレスが冷静に周囲を見渡す中、レオは何やらそわそわと、市場の露店を気にし始めていた。
「……レオ? どうかした?」
「い、いや、なんでもない! 先にギルドに行こう!」
三人はギルドに立ち寄り、無事にイノシシ討伐の報告を済ませた。受付の担当者が銅貨20枚を手渡しながら、少し呆れたように言う。
「わざわざ隣町まで来るとは、律儀な冒険者さんですね」
「まあ、色々あってな」
ギルドを出たところで、レオはミレイに声をかけた。
「ミレイ、ちょっと一人で市場を見てきていいか? すぐ戻る」
「? いいけど、迷子にならないでよ」
「子供扱いするな!」
レオは軽い足取りで、市場の奥へと消えていった。ミレイとガレスは、ひとまず宿の手配をすべく、別方向へと歩き出す。
――実のところ、レオには目的があった。
道中、何度もミレイに迷惑をかけてきた自覚は、レオにもあった。荷物の準備不足、無謀な作戦、突発的なトラブルの数々。文句を言いながらも、いつも最後には助けてくれるミレイに、少しは礼をしたい――そんな殊勝な思いが、彼の中にはあったのだ。
「よし、これなんかどうだ」
露店で見つけたのは、小さな銀細工の髪飾りだった。控えめながらも、繊細な意匠が施されている。値札を見て、レオは手持ちの銅貨を数え、なんとか手が届くことを確認した。
「これにしよう」
店主から丁寧に包んでもらった小箱を、レオは大事そうに懐にしまい込んだ。
「……よし。あとは渡すタイミングだな」
鼻歌交じりに宿へ向かおうとした、その時。
「……あ」
人混みの中、小さな影が横をすり抜けた。次の瞬間、懐の感触が消えていることに気づく。
「な――!」
振り返った先、粗末な服を纏った少女が、小箱を握りしめて人混みの中へ駆けていくのが見えた。年の頃は十歳ほどだろうか。痩せた体つきと、垢じみた頬が、彼女の置かれた境遇を物語っていた。
「待て――!!」
レオは考えるよりも先に、体が動いていた。
---
一方、宿を手配し終えたミレイとガレスは、レオの帰りを待っていた。
「遅いね、レオ」
「……」
ガレスは何やら、妙に落ち着かない様子だった。視線が泳ぎ、口元がわずかに引き攣っている。
「ガレス、なんか知ってるの?」
「……何も」
「絶対何か知ってる顔だよ、それ」
鋭いミレイの指摘に、ガレスは冷や汗をかきながら、なんとか話題を逸らそうと試みた。
「そういえば、この町、名物料理がある」
「え、何?」
「川魚の香草焼き」
「へぇ、美味しそう」
一瞬、話が逸れたことにガレスは内心で安堵の息を漏らした。実のところ、彼はレオが密かに贈り物を用意していたことを、朝方に偶然目撃していたのだった。サプライズを台無しにするわけにはいかない――その一心で、ガレスは必死に平静を装っていた。
(レオ、早く戻ってこい……)
心の中で、ガレスは切実に祈った。
---
「待てって言ってるだろ、ガキ!!」
レオは市場の路地を全速力で駆け抜けていた。少女は驚くべき身のこなしで、狭い路地を縫うように逃げていく。
「その箱返せ! それはミレイに渡すやつなんだ――って、待て、これ端から見たら完全にヤバい構図じゃないか!?」
自分で叫びながら、レオはようやく状況の異様さに気づいた。成人男性が、幼い少女を血相変えて追いかけ回している――どこからどう見ても、褒められた光景ではない。
「そこの男! 止まりなさい!」
案の定、通りの向こうから警備兵の声が飛んできた。二人組の兵士が、こちらに向かって走り出す。
「ち、違う! 事情があるんだ!」
「子供を追いかけ回す不審者の言い分は、大抵そうだ! 大人しくしろ!」
「誤解だああああ!!」
レオの絶叫が、ラルフィードの街並みに木霊した。
少女、警備兵、そしてレオ――三者による奇妙な追いかけっこが、市場の路地を縦横無尽に駆け巡る。露店の商品が次々と巻き添えになり、通行人が悲鳴を上げて道を空ける。
「うわあっ!」「きゃあ!」「危ない!」
混乱の渦の中、少女はついに袋小路に追い詰められた。振り返った彼女の目には、諦めと、それでも譲れない何かが宿っていた。
「はぁ、はぁ……や、やっと捕まえ――」
息を切らしながら手を伸ばしたレオに、少女は小箱をぎゅっと胸に抱え、震える声で叫んだ。
「これ売れば、弟の薬が買える……! お願い、見逃して……!」
その一言に、レオの動きが止まった。
「……弟?」
「病気なの……薬代なんて、うちには……」
俯く少女の姿に、レオは追いついてきた警備兵の存在も忘れ、しばし言葉を失った。
「……そうか」
レオはゆっくりと膝をつき、少女と目線を合わせた。
「その箱は、大事な人への贈り物だったんだ。でも――」
少女がびくりと肩を震わせる。しかしレオは、懐からさらに銅貨の入った小袋を取り出し、少女の手にそっと握らせた。
「これも持っていけ。薬、ちゃんと買えよ」
「え……」
「箱は返してもらうけどな。中身は誰かのために選んだものだから。でも、お前の弟のためにも、これくらいはできる」
少女は目を丸くして、レオと銅貨を交互に見つめた。それから、こくりと小さく頷き、小箱をそっと差し出した。
「……ごめんなさい」
「気にするな。困った時はお互い様だ」
レオが少女の頭を軽く撫でようとした、その瞬間。
「動くな!!」
背後から追いついた警備兵二人に、両腕をがっちりと拘束された。
「ちょ、待て!? 今いい話をしてた流れだろ!?」
「幼い少女に近づき、追い回した挙句、頭を撫でようとする成人男性――どこからどう見ても事案です」
「事情があるんだって言ってるだろ!!」
レオの必死の叫びも虚しく、彼はそのまま拘束されたまま、衛兵詰所へと連行されていくのだった。
---
騒動を聞きつけたミレイとガレスが詰所に駆けつけたのは、それから小一時間後のことだった。
「レオ!? 何やってるの、あんた!?」
鉄格子の向こうで項垂れるレオを見て、ミレイが目を見開く。事情を聞いた衛兵から一通りの説明を受けたミレイの表情は、みるみる複雑なものへと変わっていった。
「……つまり、女の子を追いかけ回して、頭を撫でようとしたと」
「事情があったんだって! ちゃんと説明しただろ!」
「うん、盗まれた贈り物を取り返そうとしたのは分かった。分かったけど……」
ミレイはじとっとした目で、レオを見つめた。
「その贈り物、誰に渡すつもりだったの?」
「そ、それは――」
言い淀むレオに、ミレイの疑惑の視線がさらに鋭さを増す。
「まさかとは思うけど……レオ、あの子のこと――」
「違う!! 断じて違う!! ロリコンじゃない!!」
「誰もそこまで言ってないけど、墓穴掘りすぎだよ」
ガレスが横で小さく咳払いをした。
「その贈り物、ミレイへのものだった」
「――ガレス!?」
突然の暴露に、レオが素っ頓狂な声を上げる。ミレイは一瞬、きょとんとした顔になった。
「……え? 私に?」
「い、いや、それは、その……」
レオが珍しく口ごもり、視線を彷徨わせる。観念したように、懐から小箱を取り出した。
「……いつも、迷惑かけてるからさ。その、礼っていうか」
箱を差し出すレオの顔は、耳まで真っ赤に染まっていた。ミレイはしばらく無言でその箱を見つめ、それから、ふっと笑った。
「……牢屋の中からプレゼント渡されるの、初めてなんだけど」
「状況が状況だからな!!」
「でも、ありがとう。開けてもいい?」
「あ、ああ」
小箱を開けたミレイは、中の銀細工の髪飾りを見て、小さく息を呑んだ。
「……綺麗」
「気に入ったか?」
「うん。……ばか」
優しい声でそう呟いたミレイに、レオは鉄格子越しに照れ笑いを浮かべた。その様子を、ガレスは黙って見守っていた。
――なお、レオが釈放されたのは、それからさらに二時間後、事情を知った衛兵長が呆れながらも状況を理解してくれてからのことだった。
「二度とこういう真似はするなよ」
「肝に銘じます……」
解放されたレオは、宿への帰り道、しみじみと呟いた。
「今回ばかりは、反省してる」
「珍しいね、素直に」
「いや、ロリコン疑惑だけは、冒険者生命に関わる」
「そこ!?」
ミレイの盛大な突っ込みが、夕暮れのラルフィードに響き渡った。髪飾りをそっと撫でながら、彼女の口元には、隠しきれない笑みが浮かんでいた。




