第3話『旅路の洗礼』
翌朝、三人は町の門をくぐり、隣町への街道を歩き始めた。
「よーし、修行の旅、第一歩だ!」
「意気込みはいいけど、レオ、荷物ちゃんと持った?」
「もちろんだ! 見ろ、完璧な装備だ!」
レオが背負った大きなリュックを叩いて見せる。しかし、その中身を覗き込んだミレイは、思わず眉をひそめた。
「……ねえ、これ、干し肉しか入ってないんだけど」
「食料は最重要事項だからな!」
「水は? テントは? 火起こしの道具は?」
「……あっ」
レオの顔がみるみる青ざめていく。
「言い忘れてた」
「言い忘れてたじゃないよ!! 三日間の野宿旅だよ!? 水なしでどうするつもりだったの!?」
「気合いでなんとか――」
「ならない!!」
ミレイの一喝が街道に響き渡った。通りすがりの商人が驚いてこちらを振り返るほどの声量だった。
結局、一行はいったん町に引き返し、ミレイが持参していた予備の水筒と、ガレスが黙々と調達してきたテントと火打ち石を装備に加えることになった。準備が整った頃には、すでに正午近くになっていた。
「出発が遅れたのはレオのせいだからね」
「面目ない……」
しょんぼりと肩を落とすレオを見て、ミレイはため息をつきつつも、少しだけ笑った。
「でもまあ、今回は事前に気づけただけマシかな。いつもは現地で気づいて大騒ぎするし」
「それは成長と言えるのか……?」
ガレスがぽつりと呟いた言葉に、三人は顔を見合わせ、思わず笑い合った。
こうして、多少出鼻をくじかれながらも、Fランクパーティー「無鉄砲な三馬鹿」改め――ミレイいわく「そろそろ名前をちゃんと考えたほうがいい気がする」パーティーは、隣町への道を歩き始めるのだった。
道中、何が待ち受けているのかは、まだ誰も知らない。だが少なくとも、退屈な旅にはならなそうだ、と三人は確信していた。
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## 第四話「干し肉の在庫」
旅も二日目の夕暮れ、街道からわずかに外れた野営地で、事件は起きた。
「……あの、レオ」
ミレイが妙に静かな声で切り出した。それは、彼女が本気で怒っている時の前兆だと、レオは経験上よく知っていた。
「な、なんだ?」
「食料、どのくらい残ってる?」
「そりゃあもちろん、しっかり管理――」
レオはリュックを開き、中を覗き込んだ。そして、固まった。
「……あれ?」
「あれ、じゃないよ。ちゃんと数えて」
レオは震える手で、干し肉の残りを一枚、二枚と数えていく。
「……一枚」
「は?」
「干し肉、残り一枚……」
「三日分あったはずだよね!? 昨日の朝出発して、まだ二日目の夜だよ!?」
「お、俺も不思議に思ってる。なぜか減りが早い」
ガレスが無言のまま、すっと視線を逸らした。その動作を、ミレイは見逃さなかった。
「……ガレス?」
「……」
「ガレス、なんか言いたいことある?」
沈黙が数秒続いたあと、ガレスはぽつりと呟いた。
「歩きながら、少しずつ食べていた」
「少しずつって、どのくらい!?」
「気づいたら、結構」
「結構ってどのくらいだよ!!」
珍しく取り乱すミレイに、ガレスは目を逸らしたまま、さらに付け加えた。
「レオも、同じくらい食べていた」
「えっ」
今度はレオが固まる番だった。
「お、俺?」
「昼、二回おかわりしていた」
「あ……言われてみれば……」
「お腹が空いていたから」
「理由になってないよ!! 二人とも、計画性なさすぎ!!」
ミレイが両手で顔を覆い、深いため息をついた。
「はぁ……。つまり、残り一日分の道のりを、干し肉一枚で乗り切れってこと?」
「……厳しいな」
「厳しいなじゃないよ、原因はあなたたちでしょ!」
もっともな正論に、レオとガレスは肩を並べてうなだれるしかなかった。
沈黙の中、レオが恐る恐る口を開く。
「……ミレイ。お前、水魔法は使えるが、食料を出す魔法は使えないのか?」
「そんな都合のいい魔法、あったら苦労しないよ」
「そうか……」
しばし、三人の間に重い空気が流れた。だが、そこでガレスが静かに立ち上がった。
「狩る」
「え?」
「森、近い。獲物、いるはず」
ガレスはそう言うと、剣を手に、無言のまま森の暗がりへと歩き出した。その背中には、迷いも焦りもなかった。
「……頼もしいな、ガレス」
「あんたが原因の半分だからね」
「返す言葉もない」
レオはそう呟きながら、焚き火の準備を始めた。少なくとも、待つ間にやれることはやろう――そんな殊勝な気持ちが芽生えていた。
三十分後。ガレスが戻ってきた。手には、丸々と太った野鳥が二羽、ぶら下げられていた。
「おお! さすがガレス!」
「無言で消えたから心配したけど……よかった、本当に」
ミレイが心底ほっとした表情を浮かべる。
「捌く」
ガレスは淡々と作業を始め、あっという間に野鳥を調理の準備が整った状態にしてしまった。手際の良さに、レオとミレイは思わず見入ってしまう。
「ガレスって、実はこういうの得意だったんだな」
「昔、一人で山にいた」
「一人で!? 詳しく聞きたい……けど、今は腹が減りすぎて、それどころじゃないな」
「同感」
焚き火の炎に炙られる野鳥から、香ばしい匂いが立ち上り始める。三人の腹が、示し合わせたように同時に鳴った。
「……この音、誰の?」
「気にするな」
「気にするよ、三重奏だったよ、今の」
三人は顔を見合わせ、思わず笑ってしまった。
こうして、危機一髪の食料問題は、ガレスの意外な特技によって乗り越えられることとなった。焼きあがった野鳥を頬張りながら、レオはしみじみと呟いた。
「……次からは、ちゃんと計画立てような」
「今更!?」
ミレイの突っ込みが、静かな夜の森に響き渡った。だが、その声にはもう、怒りよりも呆れと、どこか温かい響きが混じっていた。
焚き火を囲む三人の影が、夜の帳の中で揺れている。明日も、きっと何かが起こるだろう。それでも――と、レオは野鳥の肉を頬張りながら思う。この旅は、悪くない。




