第一話「ランクF、討伐に挑む」
冒険者ギルド「銀の鈴亭」の掲示板の前で、レオ・ヴァンディスは腕を組み、深く頷いていた。
「うむ。これだ。俺にぴったりの依頼だ」
彼が指差した依頼書には、こう書かれていた。
『【緊急】森の外れに出没する暴走イノシシを討伐せよ。報酬:銀貨5枚。難易度:F』
冒険者ランクはF。レオのランクもF。完璧な組み合わせだった。少なくとも本人はそう思っていた。
「レオ、それ先週も同じこと言って泥まみれで帰ってきたよね」
背後から呆れた声が飛んできた。振り返ると、パーティーメンバーであり、レオよりも遥かに優秀な魔法使い、
ミレイ・クロフォードが腰に手を当てて立っていた。翠色の瞳がじとっとレオを見つめている。
「あれは不運な事故だ。今回は違う」
「先週も『今回は違う』って言ってたよ」
「今回は本当に違う。なぜなら――」
レオは胸を張り、自信満々に告げた。
「俺、今週から筋トレを始めたからな!」
ミレイは無言で額を押さえた。パーティー三人目、寡黙な剣士のガレスが小さく笑いを堪えているのが分かっ
た。
「筋肉と戦術は別物だと思うけど……。まあいいや、行こっか。放っておいたらまた勝手に一人で突っ込みそうだし」
こうして、Fランクパーティー「無鉄砲な三馬鹿」――正式名称は違うのだが、ギルドの受付嬢に勝手にそう呼ばれるようになってしまった――は、森へと向かうことになった。
※※※
森に入って一時間。レオは早速、木の根に足を引っ掛けて盛大に転んだ。
「ぶへぇっ!」
「……大丈夫?」
「問題ない! これも訓練の一環だ! 転倒からの即時回復、これぞ実戦的な筋力の使い方!」
「ただ転んだだけでしょ」
ミレイの的確な突っ込みに、レオは無視を決め込んで立ち上がった。服についた泥を払いながら、彼は遠くを見
据える。
「見ろ、あそこに獣道がある。暴走イノシシはおそらくあの先だ」
「よくわかったね、それ」
「勘だ」
「一番信用できない情報源じゃん……」
しかし驚いたことに、レオの勘は当たっていた。獣道を進んだ先、開けた場所に、巨大なイノシシが佇んでいた
のだ。体長は優に二メートルを超え、赤黒い体毛は逆立ち、目は血走っている。明らかに、ただのイノシシではない。
「うわ、思ったよりデカい……」
ミレイが息を呑む。ガレスも剣の柄に手をかけ、表情を引き締めた。
「よし、作戦会議だ」
レオが真剣な顔で言う。珍しく冷静な提案に、ミレイとガレスは顔を見合わせた。もしかして今日は本当にまともなのかもしれない――そんな淡い期待が二人の胸をよぎる。
「作戦その1。俺が突撃して気を引く。作戦その2。俺が突撃して気を引く。作戦その3――」
「全部同じじゃん!!」
期待は一瞬で粉砕された。ミレイの叫びが森に木霊する。
「いや聞け。作戦その3は『俺が突撃して気を引いている間に、二人が本命の攻撃を叩き込む』だ。似てるようで違う」
「似てるっていうか同じだよ!! 主語が同じで目的語が違うだけ!!」
「文法的な指摘までしてくるとは、ミレイも隅に置けないな……」
「今そんな話してない!」
押し問答をしている間に、暴走イノシシがこちらに気づいた。大きく鼻を鳴らし、地面を蹄で掻く。突進の予備動作だ。
「来るぞ!」
ガレスが短く叫んだ。それが合図となり、イノシシが猛烈な速度で突っ込んでくる。
「よし、作戦その1、実行!」
レオは迷わず前に飛び出した。
「ちょっ、レオ!」
ミレイの制止も間に合わず、レオはイノシシの正面に立ちはだかった。そして――大きく息を吸い込み、叫んだ。
「うおおおおおおおおお!! かかってこい、ポークチョップ野郎ォ!!」
挑発としては最悪の部類だったが、効果はてきめんだった。イノシシの怒りのボルテージが一気に振り切れ、レ
オただ一人に狙いを定めて突進する。
「うわ、本当に来た!?」
「当たり前だ、俺の煽りは天下一品だからな!……って、こっちの計算では避けるはずだったんだが!?」
完全に計算違いだったことを自白しながら、レオはギリギリのところで横に転がって回避した。イノシシは勢い余って木の幹に激突し、木の葉がバラバラと降り注ぐ。
「今だ! ミレイ!」
「わ、わかった! ――《フレイムアロー》!」
ミレイの詠唱と共に、炎の矢が三本、イノシシの脇腹目掛けて飛んでいく。ドスドスドス、と鈍い音が響き、イノシシが苦悶の唸り声を上げた。
「ガレス、今!」
ガレスは無言のまま踏み込み、剣を一閃させた。刃はイノシシの首元を的確に捉え、決定打となる。巨体はゆっくりと横倒しになり、動かなくなった。
「……や、やった!」
ミレイが思わず声を上げる。ガレスも剣を鞘に収めながら、小さく息をついた。
「よーし! 俺たちの勝利だ!」
レオが泥だらけのまま両手を突き上げる。ミレイは呆れながらも、笑ってしまった。
「レオの作戦、結局『俺が突撃する』だけだったけど、なんだかんだ役に立ったね」
「だろう? これが俺の真骨頂、体当たり戦法だ! 頭を使わない代わりに、体を張る!」
「それ誇っていいことなのかなぁ……」
ガレスがイノシシの死体を確認しながら、ぽつりと呟いた。
「討伐証明部位、切り取る」
「頼んだ、ガレス!」
こうして、Fランクパーティーは無事に依頼を達成――したかに見えた。




