第15話「賭けの行方」
翌日の昼、ギルド併設の闘技場には、思いのほか多くの人だかりができていた。
「――なあ、聞いたか? あの『無鉄砲な三馬鹿』の前衛二人が、正式に模擬戦やるらしいぞ」
「ああ、聞いた聞いた。あいつら、いつも騒動起こしてるから、暇な奴らが野次馬に集まってるんだろ」
噂は、あっという間に町の冒険者たちの間に広まっていた。何かと話題に事欠かないFランクパーティーの、身内同士の真剣勝負――それは、退屈しのぎを求める冒険者たちにとって、格好の見世物だったのだ。
「おい、これ、賭けの対象になってるらしいぞ」
「マジかよ。俺は、剣士のガレスに賭けるかな。あの寡黙さ、なんか強そうだし」
「いや、脳筋のレオだろ。パワーだけならあいつが上だ」
いつの間にか、闘技場の入り口付近には、非公式ながら、勝敗を巡る賭けの輪まで出来上がっていた。下馬評では、単純な腕力と勢いを評価され、レオがやや優勢――という見方が多数を占めていた。
だが、その予想に、真っ向から異を唱える者が一人いた。
「絶対、ガレスが勝つと思うけどな」
観客席の一角、両手いっぱいに串焼きやら果実水やらを抱えたミレイが、確信めいた口調で呟いていた。
「ミレイさん……なんで、そんなに買い込んで……」
呆れた声で話しかけてきたのは、非番で見物に来ていたエルザだった。
「せっかくの見世物だし、楽しんだもん勝ちかなって」
「いや、パーティーメンバーの真剣勝負ですよ、これ。もう少し、緊張感持った方が……」
「大丈夫大丈夫。二人とも、変に深刻になってるわけじゃないし。だったら、こっちも変に気負う必要ないかなって」
あっけらかんと言い切るミレイに、エルザは深いため息をついた。
「まったく……。ちなみに、その予想の根拠は?」
「単純な話。レオは、力任せの脳筋だけど、実戦の駆け引きは正直粗い。対するガレスは、寡黙だけど、観察眼と対応力がずば抜けてる。一対一の勝負形式なら、絶対にガレスの方が有利」
思いのほか、的確な分析だった。エルザも、思わず感心したように頷く。
「なるほど……。冷静に見てるんですね、ミレイさんも」
「そりゃあ、一番近くで、二人の戦い方見てきたからね」
串焼きを頬張りながら、ミレイは、闘技場の中央を見据えた。
「でもまあ、勝ち負けはどうでもいいかな、正直。二人とも、これでスッキリしてくれれば、それでいい」
その言葉には、これまでのやきもきした様子とは違う、どこか穏やかな響きがあった。
やがて、闘技場の中央に、レオとガレスが、それぞれ武器を手に姿を現した。観客席から、どっと歓声と拍手が沸き起こる。
「うおおおおっ、来た来た!」
「頑張れー、脳筋!」
「ガレス、格好いいぞー!」
思いのほかの盛り上がりに、レオは苦笑しながら、大剣を担ぎ直した。
「……すごい人だかりだな」
「予想外。だが、悪くない」
ガレスも、いつになく引き締まった表情で、腰の剣に手をかけていた。
程なくして、審判役の中年の冒険者が、両者の間に進み出た。
「これより、『無鉄砲な三馬鹿』所属、レオ・ヴァンディス対ガレスの模擬戦を執り行う。ルールはシンプル、相手の戦闘不能、もしくは場外への転落、あるいは戦意喪失の意思表示があった時点で、勝敗を決する。得物は真剣だが、殺意ある一撃は禁止。危険と判断した時点で、即座に試合を止める」
「了解した」
「望むところだ」
両者の返答を聞き届けた審判は、大きく後方へ下がり、右手を高く掲げた。
「――両者、構え!」
レオが大剣を、ガレスが剣を、それぞれ正眼に構える。張り詰めた空気が、闘技場全体を包み込んだ。観客たちの歓声も、いつしか、固唾を呑む静寂へと変わっていた。
審判の腕が、勢いよく振り下ろされる。
「――始め!!」
その声を合図に、レオとガレスは、同時に地を蹴った。
※※※
開始の合図と同時に、レオは真っ向から突撃した。
「ぬおおおおっ!!」
大剣を大きく振りかぶり、力任せの一撃を叩き込む。ガレスは冷静にそれを受け流したが、剣を通して伝わる衝撃に、僅かに顔をしかめた。
「――重い」
「だろう!? 筋トレの成果、伊達じゃないぞ!」
レオは息もつかせぬ勢いで、連続して剣を繰り出した。純粋な膂力と、振り抜く速度において、レオは明確にガレスを上回っていた。
「くっ……!」
ガレスは、一撃一撃を丁寧に受け止め、あるいは最小限の動きで受け流していく。だが、その足取りは、僅かずつ、しかし確実に、後方へと下がっていた。
「おおっ、レオ、押してるぞ!」
「やっぱ力押しには敵わないか、ガレス!」
観客席から、レオを後押しする声援が飛ぶ。下馬評通りの展開に、賭けに参加していた冒険者たちも、色めき立っていた。
「うおっ!?」
立て続けの猛攻に、ガレスの足が、闘技場の端に近い場所まで追い詰められる。防戦一方の構えを崩さないまま、ガレスは僅かに息を乱していた。
――だが。
(……おかしい)
剣を打ち込みながら、レオの胸中には、拭いきれない違和感が広がっていた。
(なんで、こんな真正面からの打ち合いに、付き合ってるんだ、ガレスの奴)
レオは、これまでの数えきれない討伐の記憶を辿った。パーティーの中で、ガレスの役割は、常に堅実だった。派手さこそないが、隙のない立ち回りで敵の動きを見切り、最小限の消耗で確実に急所を捉える。レオとミレイが取り逃した獲物に、いつも静かにトドメを刺すのは、決まってガレスの役目だった。
(大抵、最後にミレイの魔法が決めるから、目立たないだけで……。接近戦の駆け引きに関しちゃ、正直、俺よりガレスの方が数段上のはずだ)
実際、これまでの模擬戦のような真剣勝負であれば、力任せの一点突破など、ガレスにとっては、造作もなく見切れるはずだった。捌き方、間合いの取り方、フェイントの織り交ぜ方――いくらでも、レオを翻弄する術はあったはずだ。
それなのに、ガレスは、まるでレオの猛攻をそのまま受け止めるかのように、真正面からの打ち合いを、律儀に続けている。
(何を考えてる……?)
打ち込みながら、レオの脳裏に、次々と疑問が浮かんでは消えていく。
単なる油断、とは思えなかった。ガレスは、そんな迂闊な戦い方をする男ではない。だとすれば――これは、意図的な何かなのか。
「――ガレス! お前、なんでわざと、こんな打ち合いに付き合ってる!?」
打ち込みながら、レオは思わず声を張り上げた。
ガレスは、剣を受け止めたまま、僅かに口の端を上げた。
「……気づいたか」
「……!」
その表情には、防戦一方に見えたこれまでの様子とは、明らかに違う、余裕の色が浮かんでいた。
「今更、遅い」
ガレスの声が、静かに、しかし確かな響きを持って、闘技場に落ちた。




