第14話「決闘の申し出」
――このままじゃ、まずい。
ミレイは、二人の間に流れる張り詰めた空気に、内心で冷や汗をかいていた。
ただでさえ、少し前に冒険者同士の私闘で、ギルドから厳重なペナルティを受けたばかりだ。ここでまた同じような騒ぎを起こせば、今度こそ、もっと重い処分が下されかねない。
「……ねえ、二人とも。今日はもう、この辺にして、宿でゆっくり休もう? ね?」
努めて明るい声で、ミレイは場を取り繕おうとした。だが、その願いは、あっさりと踏みにじられることになる。
「――ガレス」
レオが、低く、しかしはっきりとした声で、その名を呼んだ。
「お前に、決闘を申し込む」
「――は?」
ミレイの声が、裏返った。
「ちょ、ちょっと待って、何言い出すの、急に!」
「急にじゃない。ずっと、腹の中に溜まってたものがあるんだ」
レオの目は、これまでにないほど、真剣な光を宿していた。
「お前の言うことは、いつも正しい。分かってる。だが、正しいだけじゃ、割り切れないものだってあるんだよ」
「レオ……」
「今日ので、はっきりした。俺は、お前に一度も、正面からぶつかったことがない。いつも助けられてばかりで、言い返せなくて……。だから、決めた。正々堂々、ちゃんと戦って、白黒つけたい」
真っ直ぐな言葉に、ガレスは、しばし無言のまま、レオの顔を見つめていた。
そして――ふっと、口の端に、これまで見せたことのないような、不敵な笑みを浮かべた。
「……いいだろう」
「ガレス!? あんたまで、何を――」
「望むところ」
ガレスの声には、隠しきれない高揚が滲んでいた。
「正直、俺も、思うところあった。お前の危なっかしさに、いつも、ヒヤヒヤさせられてる。一度、ちゃんと分からせてやりたいと、思ってた」
「ちょっと、二人とも正気!? 私闘は禁止だって、この間さんざん言われたばっかりでしょ!」
ミレイが、必死に割って入ろうとする。だが、二人の間には、もはや彼女の言葉が入り込む隙間はなかった。
「……私闘じゃない」
ガレスが、静かに言った。
「正式に、ギルドに申請する。闘技場での、正式な決闘として」
「な――そんな都合のいい制度、あるの!?」
「ある。ランクの近い冒険者同士なら、正当な理由があれば、ギルド公認の模擬戦、組める。今回は、ちょうどいい理由がある」
「理由って……!」
「武器の手入れと、パーティー内の信頼問題。真剣な話し合いのための、正式な手段」
あまりにも堂々とした理屈に、ミレイは、開いた口が塞がらなかった。
「屁理屈にしか聞こえないんだけど……!」
「屁理屈でも、規定上は通る」
自信満々に言い切るガレスに、ミレイはとうとう、頭を抱えてしまった。
「はぁぁぁ……。なんで、こんなことに……」
その日のうちに、二人はギルドに赴き、正式に模擬戦の申請を行った。対応したエルザは、二人の様子と、これまでの経緯を聞き、しばらく難しい顔で考え込んでいた。
「……なるほど。ランク相応の力量差もありませんし、ギルド公認の闘技場での模擬戦であれば、規定上は問題ありません。審判も立てますし、危険な事態になれば即座に止めます」
「話が分かるな、エルザは」
「ただし」
エルザは、レオとガレスを、順番にじっと見据えた。
「これはあくまで、正式な模擬戦です。私闘とは違う。感情に任せた、無用に傷つけ合うような戦い方をした場合は、即刻中止。それどころか、両者ともペナルティ対象になりますからね」
「分かってる」
「望むところだ」
二人の即答に、エルザは小さくため息をつきながらも、書類に許可の印を押した。
「では、明日の昼、闘技場を押さえておきます」
手続きを終えたところで、エルザは、少し離れた場所で成り行きを見守っていたミレイに、ちらりと視線を向けた。
「……ミレイさんは、大丈夫ですか? 心配、じゃないですか?」
案じるようなその問いに、ミレイは、しばし黙り込んだ。それから、諦めにも似た、小さなため息をついた。
「……止めても無駄だと思う。二人とも、こうなったら聞かないタイプだから」
「そう、ですか……」
「それに」
ミレイは、レオとガレス、それぞれの横顔を、順に見つめた。どちらの表情にも、後ろ暗いものは一切なく、むしろ、どこかすっきりとしたものすら感じられた。
「なんか、二人とも、これはこれで、必要な喧嘩なのかもしれないな、とも思うし」
「……ミレイさん」
「見届けるよ、私は。それが、パーティーの仲間としての、役目だと思うから」
静かに、しかし確かな覚悟を込めて、ミレイはそう言った。エルザは、その横顔をしばらく見つめた後、小さく頷いた。
「……分かりました。何かあれば、すぐ止めますので」
「うん、お願い」
こうして、翌日の昼、ギルドの闘技場にて、レオとガレスの正式な模擬戦が行われることが、正式に決定した。
その夜、宿の部屋で、レオは静かに、剣士としての己と向き合っていた。
「……明日、か」
新しく買い直した大剣を、そっと手に取る。まだ手に馴染んでいないその重みを確かめながら、レオは、静かに、しかし確かな闘志を燃やしていた。




