第12話「完璧な変装、のつもり」
その日、レオとガレスは、朝からギルドの陰に潜んでいた。
「……本当にやるのか、これ」
「当たり前だろ。気になって夜も眠れなかったんだ」
事の発端は、前日のこと。ミレイが「明日は休み取るから」と告げた際、たまたま居合わせたエルザが「あ、私もちょうど休みです。じゃあ一緒にどうですか」と応じ、二人で出かける約束を交わしていたのだ。
「女同士の休日って、一体何するんだろうな」
「……気になる、確かに」
「よし、決めた。尾行するぞ」
こうして、二人の男は、ギルド前で待ち合わせるミレイとエルザの姿を、遠くの物陰から窺うこととなった。
「にしても、この変装、完璧だと思わないか?」
レオは、得意げに自分の顔を指差した。そこには、いかにも安っぽい黒縁のサングラスが、でんと乗っかっていた。
「サングラス、それだけ」
「それだけで十分だ。これをかければ、誰も俺だと気づかない。基本中の基本だぞ、変装ってのは」
「……いつもの服装、そのまま」
「細部にこだわりすぎるのも、逆に怪しまれる原因だ。あえて自然体を装う、これも立派な戦術の一つ」
訳知り顔で語るレオの隣で、ガレスも、同じような黒縁のサングラスを装着していた。普段の無表情に、不釣り合いなほど主張の強いサングラスが乗っている様は、控えめに言っても、異様な光景だった。
「二人並ぶと、余計に目立つ、気がする」
「気のせいだ。むしろ『お揃いのサングラス男二人組』という、一周回って怪しまれない設定が完成している」
「その理論、よく分からない」
押し問答をしている間に、ミレイとエルザが連れ立って、ギルドの前を通り過ぎていった。
「よし、行くぞ!」
二人は、電柱の陰、露店の裏、樽の後ろと、忍者さながらの動きで、ミレイたちの後を追い始めた。
「――それにしても、レオさんとガレスさん、大丈夫でしょうか。この間の私闘の件、まだ根に持ってないといいんですけど」
エルザが、通りを歩きながら、ふと呟いた。
「大丈夫でしょ、あの二人。すぐ調子に乗るタイプだし」
「ミレイさんは、あの二人のこと、よく分かってますね」
「腐れ縁だからね。……あ、それより見て、あそこのお店、新作の焼き菓子出したみたいだよ」
「わ、本当ですね。少し覗いていきましょうか」
二人は楽しげに、露店を巡り始めた。その様子を、少し離れた場所から、レオとガレスは、息を潜めて観察していた。
「……何してるんだ、あいつら」
「焼き菓子、見てる」
「そんなことは見れば分かる! もっと重要な情報が欲しいんだ!」
「重要な情報、何」
「そ、それは……」
レオ自身も、明確な目的があったわけではなかった。ただ漠然と、二人の休日の過ごし方に興味があっただけなのだ。
「まあいい、とにかく尾行を続けるぞ」
二人は、再び物陰から物陰へと、こそこそと移動を再開した。
しばらく歩いた先、ミレイとエルザは、町の広場にある噴水のベンチに腰を下ろした。買ったばかりの焼き菓子を頬張りながら、楽しげに談笑している。
「あの三人組、最近本当に賑やかですよね。エルザさんも、対応大変じゃないですか?」
「大変ですけど……なんだかんだ、見てて飽きないんですよね、あの人たち」
「分かります。特にレオ、目が離せないタイプだから」
「ふふ、ミレイさんも大変ですね、いつも振り回されて」
「まあ、嫌いじゃないんですけどね、そういうところ」
和やかに笑い合う二人の様子を、レオとガレスは、噴水を挟んだ反対側のベンチから、サングラス越しにじっと見つめていた。
「……なあ、ガレス」
「ん」
「あの噴水、思ったより小さいな」
「見えすぎる、こっちから」
「くっ……もう少し隠れられる場所は……」
あたりを見回したレオの視線が、ふと、通りかかった顔見知りの冒険者と、真正面から合った。
「――あれ、レオじゃん。何してんの、そんな変な格好で」
「なっ――!」
あっさりと正体を看破され、レオは思わず硬直した。
「や、やあ。奇遇だな」
「奇遇も何も、サングラスかけてる以外、いつもの格好そのままじゃん。丸見えだよ」
「そ、そんな馬鹿な……!」
冒険者は、不思議そうに首を傾げながら、その場を去っていった。だが、その一連のやり取りは、当然のように、噴水の向こうのベンチにも届いていた。
「……ねえ、今の声、レオじゃない?」
ミレイが、訝しげに眉を寄せた。
「まさか……」
エルザも、噴水の向こう側に目を凝らす。そこには、黒縁のサングラスをかけた、怪しさ満点の男二人が、あからさまに動揺した様子で立ち尽くしていた。
「……レオさん、と、ガレスさん、ですよね、あれ」
「サングラスで誤魔化せると思ってるあたり、あの二人らしいというか……」
ミレイは深いため息をつくと、噴水の向こうに向かって、大きな声を張り上げた。
「――何やってるの、二人とも!!」
「ば、バレた……!」
「バレるも何も、最初から丸見えだよ! 何が完璧な変装だ!!」
観念したレオとガレスは、とぼとぼと噴水の向こう側へと歩み寄った。サングラスを外したレオの顔は、これ以上ないほど気まずそうに歪んでいる。
「……えっと、その、偶然、通りかかっただけで……」
「サングラスかけて、電柱の陰に隠れて、それで偶然は無理があるでしょ」
ミレイの追及に、レオは反論の言葉を見つけられずにいた。
「正直に言いなさい。尾行してたんでしょ」
「……はい、申し訳ございません」
あっさりと白状するレオの隣で、ガレスも、無言のまま深く頭を下げた。
エルザは、目の前の光景に、思わず小さく吹き出した。
「……ふふ、本当に、飽きない人たちですね」
「エルザさんまで、甘やかさないでください」
ミレイが苦笑しながら、レオとガレスを交互に睨みつけた。
「まったく……。女同士の休日に、何を心配してたわけ?」
「い、いや、その……。単純に、気になっただけだ。お前たちが、休みの日は何して過ごしてるのか」
正直に告げたレオに、ミレイは呆れたように肩をすくめた。
「気になるなら、普通に聞けばいいでしょ。何もこそこそ尾行しなくても」
「そ、そうか。それもそうだな……」
あまりにまっとうな指摘に、レオはぐうの音も出なかった。
「まあ、せっかくだから」
ミレイが、ふと表情を緩めた。
「一緒に、お茶でもする? ちょうど、この後、店寄ろうと思ってたところだし」
「え、いいのか?」
「変装が下手すぎるペナルティとして、お菓子代はレオとガレスの奢りね」
「……仕方ない」
そう言って肩を落としたレオの手元、外したままのサングラスに、ミレイがふと目を留めた。
「……ちょっと待って、それ。よく見せて」
「ん? これがどうかしたか?」
差し出されたサングラスを、ミレイはためつすがめつ眺めた後、その一つにだけ刻まれた小さな刻印に気づき、目を見開いた。
「……レオ、これ、まさかとは思うけど、〈硝子細工師組合〉の刻印じゃない?」
「あー、そう言われれば、店主がなんか、『いい品だから』って熱心に勧めてきたな」
「いい品どころじゃないよ! これ、魔力耐性ガラス使った高級品! 銀貨換算で、下手したら軽く十枚は超えるやつ!」
「――は?」
レオとガレスが、同時に間の抜けた声を上げた。
「な、なんでそんな高い物を……!」
「店主が、すごい勢いで薦めてくるから、なんとなく流れで……」
「なんとなくで銀貨十枚以上する買い物する人、初めて見た!」
ミレイの声が、噴水広場に高らかに響き渡った。
「しかも、それだけ払っておいて、正体、秒で見破られてるし! 全然、変装として機能してないし!」
「ぐ……返す言葉もない……」
「お菓子代どころの話じゃないよ、これ! 一体何のために、そんな大金はたいたの!?」
「い、いや、店主の勢いに押されて、つい……」
「つい、で銀貨十枚以上とか、ありえない! しかも尾行のためだけに買った物なんて、これから使い道もないでしょ!」
正論の連続砲撃に、レオはぐうの音も出ず、ただ頭を垂れるしかなかった。ガレスも、自分のサングラスを見つめながら、ひどく気まずそうにしていた。
「……次からは、衝動買い、絶対禁止だからね」
「肝に、銘じます……」
項垂れる二人を見て、エルザは横で、堪えきれずに小さく笑いを漏らしていた。
「ふふ……。変装の代金まで高くつくとは、本当に、飽きない人たちですね」
「エルザさんまで、面白がらないでください……」
深いため息をつくミレイをよそに、レオはそっと、使い道のなくなった高価なサングラスを見つめた。
「……これ、どうしよう」
「知らない。自分で考えて」
突き放すようなミレイの一言に、レオは肩を落としながら、そっとサングラスをポケットにしまい込んだ。
こうして、思わぬ形で、四人での休日が始まることとなった。サングラスは、結局、二人とも一度も役に立たないまま、レオのポケットの中で、静かにその役目を終えるのだった。




