第11話「出会いの記憶」
報酬一割カットのペナルティを受けてからというもの、レオとガレスの間には、ある暗黙の了解が生まれていた。
――ミレイを、絶対に怒らせてはいけない。
「はい、ミレイ、今日の分」
依頼報酬の分配の際、レオは銀貨の枚数を、明らかにいつもより多くミレイの手に握らせようとした。
「……レオ、これ多くない?」
「き、気のせいだろ。ほら、数え間違いだ、数え間違い」
「絶対わざとだよね、これ」
ジト目で見つめるミレイに、レオはあからさまに視線を逸らした。ガレスも、心なしか、いつもより丁寧な言葉遣いで、ミレイに接するようになっていた。
「ミレイ様、本日の討伐、大変お見事でした」
「様って何? 気持ち悪いからやめて」
「失礼しました、ミレイ殿」
「殿でもない!!」
あからさまに腫れ物扱いされていることに気づいたミレイは、むしろ日に日に苛立ちを募らせていった。
「二人とも、なんでそんなによそよそしいの? 逆に感じ悪いんだけど」
「い、いや、その、あの一件があったから、機嫌を損ねないようにと思って……」
「別に怒ってないし! そうやって腫れ物扱いされる方が、よっぽど腹立つんだけど!」
結局、過剰な気遣いは、逆にミレイの機嫌を損ねるという、本末転倒な結果を招いていた。それでも数日も経つ頃には、いつも通りの軽口の応酬が戻り、三人の日常は、少しずつ元のペースを取り戻していった。
――それはそれ、これはこれ。
いつしか、三人の間には、そんな空気が自然と根付いていた。
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ある日の依頼帰り、夕陽に染まる街道を歩きながら、レオはふと、ミレイの横顔を眺めていた。
「……どうしたの、レオ。人の顔じっと見て」
「いや、なんとなく。お前と初めて会った時のこと、思い出してた」
「……ああ、あの時か」
ミレイも、懐かしそうに目を細めた。
あれは、レオが冒険者登録をしたばかりの頃のことだった。右も左も分からないまま、無謀にも一人でランクを超えた依頼に挑もうとしたレオは、案の定、森の中で魔獣に囲まれ、絶体絶命の窮地に陥っていた。
「あの時の俺、本当に馬鹿だったよな。装備も碌に揃えず、一人で突っ込んで」
「うん、本当に馬鹿だった。今でもよく覚えてる、血相変えて逃げ回ってたレオの姿」
「言うな、それは……!」
あの日、通りすがりに窮地を救ってくれたのが、当時すでにそれなりの実績を積んでいたミレイだった。一撃で魔獣を退けたミレイの姿は、今でもレオの記憶に鮮明に焼き付いている。
「あの時、お前が颯爽と現れて、魔獣を一瞬で片付けた時、正直、めちゃくちゃ格好いいと思ったんだよな」
「え、初めて聞いたけど、それ」
「言うと調子に乗りそうだったから、黙ってた」
「今、普通に言ってるじゃん」
呆れたように笑うミレイに、レオも釣られて笑った。
「それから、無謀にも『パーティー組んでくれ』って頼み込んだんだよな、俺」
「うん。最初は断るつもりだったんだけどね。あまりにしつこいし、なんか放っておけなくて」
「放っておけない、ね」
「だって、あのままだと絶対、変なことして死んでたと思うし」
的確な指摘に、レオはぐうの音も出なかった。
「ガレスが加わったのは、それからしばらく経ってからだっけ」
「……ん」
少し離れたところを歩いていたガレスが、静かに頷いた。
「山で行き倒れてたところ、拾われた」
「そうそう、あの時も大変だったよね。ガレス、ボロボロで、ろくに口も利けない状態で」
「世話に、なった」
短く、しかし確かな重みを持ってガレスが呟く。
「あれから、もう二年くらいになるのか」
レオが、しみじみと空を見上げた。
「最初はFランクからずっと変わらないし、失敗ばかりだし、正直情けない日々だけどさ」
「うん」
「それでも、こうして三人でやってこられたのは……ミレイのおかげだよ。あの時、俺を拾ってくれなかったら、今頃、俺はどうなってたか分からない」
珍しく、まっすぐな言葉だった。ミレイは一瞬、驚いたように目を見開いたが、やがて、柔らかく微笑んだ。
「……何、急に。柄にもない」
「た、たまには言っておこうと思っただけだ!」
照れ隠しに声を荒げるレオを見て、ミレイはくすくすと笑った。
「まあ、私も。二人がいたから、退屈しない毎日を送れてるのは事実かな」
「ミレイ殿も、感謝している」
「だから殿はやめてって言ったでしょ!」
ぴしゃりと言い返すミレイに、ガレスは珍しく、小さく肩を震わせて笑っていた。
夕陽に染まる街道を、三人は並んで歩いていく。積み重ねてきた失敗も、理不尽な出来事も、それぞれの記憶の中で、少しずつ大切な思い出へと変わりつつあった。
「よし、次の依頼こそは、大きな失敗なしで終わらせるぞ!」
「その台詞、何回目?」
「今回は本当だ!」
「はいはい」
軽口を叩き合いながら、三人の影は、夕焼けの中を、いつまでも並んで歩き続けるのだった。




