第10話「対人戦闘は専門外、のはずが」
ギルドへの報告から数日。あの手負いの魔獣を放置していたパーティー――「紅蓮の刃」と名乗るCランクの三人組――は、ギルドから厳重注意を受けたらしい、という噂が耳に入ってきた。
「厳重注意、か。まあ、当然の報いだよな」
「うん。……ただ、ちょっと心配なのは」
ミレイが、微かに眉を寄せた。
「ああいうタイプの人たち、逆恨みしてこない?」
「大丈夫だろ、さすがに」
レオは軽く笑い飛ばしたが、その予感は、思いのほか早く現実になった。
いつも通り依頼――中型の毒蜘蛛の討伐――を終え、意気揚々と町へ帰る道中、街道の先に、見覚えのある三つの人影が立ち塞がった。
「よう、Fランクの坊主ども」
リーダー格の男が、にやにやと笑いながら、行く手を阻む。「紅蓮の刃」の三人だった。
「……あんたら」
「おかげさんで、ギルドから大目玉食らったよ。おまえらのせいでな」
「事実を報告しただけです。それが悪いとは思いません」
ミレイが、毅然と言い返した。男の表情が、わずかに歪む。
「口の減らねえガキだな。……まあいい、大したことじゃない。ちょっとばかり、痛い目見てもらうだけだ」
「――は?」
次の瞬間、男の仲間の一人が、迷いなく剣を抜いた。
「おい、ちょっと待て、正気か!? 冒険者同士の――」
「うるせえ。ちょっと灸すえるだけだ。手加減はしてやるよ」
問答無用で、三人が一斉に間合いを詰めてくる。レオが咄嗟に剣を構えようとした、その瞬間だった。
「――遅い」
ミレイの声が、低く、静かに響いた。
次の瞬間、リーダー格の男の顎に、ミレイの拳が深々とめり込んでいた。
「――ぐぼぁっ!?」
男の体が、まるで人形のように吹き飛び、地面を転がる。あまりに一瞬の出来事に、レオとガレスですら、目を丸くしていた。
「な、なっ――」
残る二人が、驚愕に固まる間もなく、ミレイはすでに次の相手との間合いを詰めていた。
「悪いけど、対人戦闘に関しては、多少自信があるの」
冷静な声とは裏腹に、その動きは、まるで手加減という言葉を知らないかのようだった。繰り出される拳と蹴りが、面白いように相手の急所を的確に捉えていく。
「ぐああっ!」「か、身体が――!」
二人目、三人目が、次々と地に伏していく。物理攻撃を専門としないはずの魔法使いの、あまりに一方的な蹂躙劇に、レオとガレスは、剣を構えたまま、呆然と立ち尽くすしかなかった。
「……なあ、ガレス」
「……ん」
「今日、俺たち、一回も攻撃してなくないか?」
「……してない」
わずか十数秒。「紅蓮の刃」の三人は、揃って地面に転がり、呻き声を上げるだけの存在と化していた。
「く……くそっ、覚えてろよ……!」
辛うじて意識を保っていたリーダー格の男が、震える足で立ち上がり、仲間を抱えるようにして、後ずさった。
「なんなんだよ、お前ら、化け物か……!」
「化け物とは失礼ね。ただの、ちょっと物騒な過去があるだけ」
ミレイの不敵な笑みに、男は完全に戦意を喪失したのか、それ以上何も言わず、仲間たちを引きずるようにして、逃げるように去っていった。
彼らの姿が完全に見えなくなったところで、レオが、恐る恐る口を開いた。
「……なあ、ミレイ。お前、いつの間にそんな強くなったんだ?」
「昔から得意だったよ、これは」
「昔からって……。今まで、一度もそんな素振り見せなかったじゃないか」
「討伐に、素手の格闘なんて必要ないでしょ。魔法があれば十分だし」
あっけらかんと答えるミレイに、レオとガレスは、揃って言葉を失った。
「……いや、まあ、頼もしいっちゃ頼もしいけど」
「うん、正直、ちょっと引いてる」
「失礼だな、二人とも」
軽口を叩きながらも、レオの胸中には、ようやく理不尽な絡みから解放された安堵と、ちょっとした爽快感が広がっていた。
「にしても、スカッとしたな。ずっと腹に据えかねてたし」
「うん。……正直、ちょっとやりすぎたかもとは思ってる」
「まあ、あれくらいは当然の報いだろ! よし、この調子でギルドに報告しに行こう!」
すっかり機嫌を良くしたレオは、意気揚々と町への道を歩き出した。ミレイとガレスも、ようやく肩の力を抜き、その後に続いた。
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「――というわけで、絡まれたので返り討ちにしてやりました!」
依頼達成の報告と合わせて、レオは誇らしげに、先ほどの顛末を語った。だが、エルザの表情は、みるみる険しくなっていった。
「……冒険者同士の私闘は、ギルド規定で明確に禁止されていること、ご存知ですよね」
「い、いや、向こうから仕掛けてきたんだ! 正当防衛だろ!」
「正当防衛だとしても、です。相手が先に手を出したなら、その場で応戦せず、すぐにギルドに通報するのがルールです。返り討ちにして三人とも再起不能寸前まで追い込むのは、明らかにやりすぎです」
「そ、それは……」
「特にミレイさん。あなた、どうしてそんなに容赦なく叩きのめしたんですか」
「……腹が立ったので」
「理由になってません」
エルザの追及に、ミレイは珍しく、しゅんと肩を落とした。
「レオさんも、止めなかったんですか」
「い、いや、止める間もなく終わってて……」
「ガレスさんは」
「……見とれてた」
「見とれてる場合じゃないです!!」
エルザの一喝が、ギルド内に響き渡った。他の冒険者たちも、思わず作業の手を止めて、こちらを見ている。
「まったく……。相手のパーティーにも、当然事情を確認しますが、あなたたちにも、然るべき処分を下します」
「そ、それは……」
「また、ペナルティですよね」
「はい、また、ペナルティです」
力なく肩を落とす三人に、エルザは深いため息をついた。
「気持ちは分かります。あの人たちの態度が問題だったのも、事実です。でも、暴力で解決するのは、冒険者としてあってはならないことなんです」
「……すみませんでした」
素直に頭を下げる三人を見て、エルザの表情も、少しだけ和らいだ。
「……とりあえず、今回は始末書と、次回以降の依頼報酬一割カットで手を打ちます。次に似たようなことがあったら、もっと重い処分になりますからね」
「肝に、銘じます……」
三人揃っての深いため息が、ギルドの片隅に、静かに響いた。
夕暮れの帰り道、ミレイがぽつりと呟く。
「……ちょっと、やりすぎたよね、さすがに」
「まあ、な。でも、正直、ちょっとだけスカッとしたのも事実だ」
「それは秘密にしておこうか」
「激しく同意」
三人は、顔を見合わせて、小さく笑った。理不尽な絡みも、行き過ぎた仕返しも、結局は自分たちの未熟さの一部なのだと、それぞれが、どこかで理解していた。
それでも――夕焼けに染まる帰り道は、いつもより、少しだけ軽やかだった。




