第10話 君と過ごした夏の時
大阪へ戻る前日。
沖縄の空は、どこまでも青かった。
ひろしは朝から落ち着かなかった。
りなを選んだ。
その気持ちは、もう揺れていない。
でも――
なおみと、しょうこに伝えなければならない。
逃げることはできなかった。
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最初に会ったのは、なおみだった。
いつもの海辺。
なおみは、ひろしを見ると笑った。
「今日が最後なんだね」
「……はい」
「そっか」
なおみは海を見つめた。
「ひろし君、もう決めたんでしょ?」
ひろしは驚いた。
「分かりますか?」
「うん」
なおみは少し笑う。
「顔を見れば分かるよ」
「なおみさん……」
「りなちゃん?」
ひろしは黙って頷いた。
なおみは一瞬だけ目を閉じた。
それから、ゆっくり息を吐く。
「そっか」
寂しそうだった。
それでも、泣かなかった。
「私ね、ひろし君のこと好きだった」
「……」
「今も好きだよ」
まっすぐな言葉だった。
「でも、ひろし君が誰かを選べるくらい好きになったってことは……それだけ大切な人に出会えたってことだから」
「ありがとうございます」
「お礼言わないでよ」
なおみは笑った。
「泣きそうになるじゃん」
二人で海を見る。
しばらくして、なおみが言った。
「大阪に帰っても、仕事頑張ってね」
「はい」
「無理しすぎないで」
「はい」
「困ったら連絡して」
「……はい」
「あと」
なおみはひろしの肩を軽く叩いた。
「ちゃんと幸せになって」
ひろしは深く頭を下げた。
「ありがとうございました」
「こちらこそ」
最後に、なおみはひろしの手を握った。
「沖縄で出会えてよかった」
「俺もです」
手が離れる。
なおみは笑顔のまま、ひろしから離れていった。
その背中を見ながら、ひろしは何度も振り返りそうになった。
けれど――
振り返らなかった。
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次に会ったのは、しょうこだった。
「遅い!」
開口一番、それだった。
「ごめん」
「まあいいけど」
しょうこは腕を組んだ。
「聞いた」
「……何を?」
「なおみさんから」
「そっか」
「りななんだって?」
ひろしは頷いた。
「うん」
しょうこは少し黙った。
そして――
「そっか」
それだけ言った。
「しょうこ……」
「謝るなよ」
「でも……」
「謝られたら余計ムカつく」
しょうこは笑った。
「私、負けたんだな」
「そういうことじゃ――」
「分かってる」
しょうこは海を見た。
「恋って、勝ち負けじゃないもんな」
その言葉に、ひろしは何も言えなかった。
「でもさ」
しょうこが振り返る。
「私、ひろしのこと好きになれてよかった」
「……」
「だから、ちゃんと幸せになれよ」
「うん」
「大阪帰っても連絡しろよ」
「する」
「絶対な」
「絶対」
しょうこはひろしの胸を軽く叩いた。
「じゃあ、これで終わり」
「……うん」
「じゃあね」
「しょうこ」
「何?」
「ありがとう」
しょうこは一瞬だけ泣きそうな顔をした。
でも、すぐに笑った。
「……ばーか」
そして、背を向けた。
ひろしは、その姿が見えなくなるまで動けなかった。
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夜。
ひろしは、りなと最後の夜を過ごしていた。
二人で海沿いを歩く。
「明日なんだね」
「うん」
「寂しい?」
「寂しい」
りなが笑う。
「即答なんだ」
「だって寂しいから」
「私も」
二人は手を繋いだ。
「でもね」
りなが言う。
「終わりじゃないんだよね」
「うん」
「大阪と沖縄」
「遠いけど」
「会いに行く」
「俺も行く」
「約束?」
「約束」
りなは立ち止まった。
「ひろしさん」
「うん」
「私、この夏のこと絶対忘れない」
「俺も」
「初めて会った日のことも」
「うん」
「海で話したことも」
「うん」
「何度もキスしそうになったことも」
ひろしは苦笑した。
「確かに」
「最後まで焦らされたけどね」
「ごめんって」
りなは笑った。
そして、ひろしの胸にそっと身体を寄せる。
「ねえ」
「うん」
「もう一回だけ」
「何を?」
りなは顔を上げた。
「キス」
ひろしは笑った。
「うん」
二人はゆっくり顔を近づけた。
今度は迷わなかった。
唇が重なる。
短いキス。
それでも、二人には十分だった。
離れたあと、りなはひろしの胸に顔を埋めた。
「……行かないでって言いたい」
「……」
「でも、言わない」
「りな」
「だって、ひろしさんには大阪で待ってる生活があるから」
「また来るよ」
「うん」
「絶対に」
「うん」
りなは顔を上げた。
「じゃあ、私も待ってる」
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翌朝。
空港。
ひろしは搭乗口へ向かう前にスマートフォンを見た。
メッセージが届いている。
なおみ。
『元気でね』
しょうこ。
『仕事サボるなよ』
そして――
りな。
『大好き』
ひろしは笑った。
そして、りなへ返信する。
『俺も大好き。次は俺が会いに行く』
スマートフォンをポケットにしまう。
沖縄を離れる。
少し寂しい。
でも、不思議と後悔はなかった。
二か月前。
大阪の会社から突然告げられた沖縄への長期出張。
あのときは、ただ仕事が増えただけだと思っていた。
知らない土地。
知らない人。
慣れない仕事。
それが――
人生で忘れられない夏になった。
飛行機が離陸する。
窓の外に、青い海が見える。
ひろしは静かに呟いた。
「……ありがとう、沖縄」
そして目を閉じる。
夏は終わる。
でも――
あの夏に出会った恋は、終わらない。
距離が離れても。
季節が変わっても。
いつかまた、同じ海の前で笑える日まで。
ひろしは、りなのことを想い続ける。
それは――
二十四歳の夏。
人生で初めて、本気で誰かを好きになった夏だった。
『君と過ごした夏の時』――完




