1-4 一般の人間
放課後ーー。俺が授業の進捗を見ていると、秋雨が職員室へ訪れた。
「先生。宿題のノートを持ってきました」
「おう、ありがとう」
ノートを渡されると、デスクの脇に置く。秋雨が来たのはナイスタイミングだ。俺は声をかけた。
「秋雨、話は聞いているか? ハイキングの班なんだが……」
俺が口火を切ると、秋雨はうなづいた。
「はい。乾さんと外森さんが同じ班だって」
「いや……ふたりとも我が強いからな。乾は人懐っこいけど、外森は人を馬鹿にしているところがある」
「私はそんなに気にはしてないですけどね」
「ははっ、それはありがたい」
そう言うと、俺は宿題のノートの採点を始めようとした。だが、秋雨は立ち去らない。俺は秋雨をじっと見た。
「秋雨、ノートありがとな。もう行っていいぞ」
俺がそう言うと、秋雨は顔を見つめた。
「……先生。本当に何か、気になることないんですか?」
「気になること? 秋雨について?」
「はい」
秋雨は何を言おうとしているんだろう。俺が首を傾げている。秋雨が言いたいことはわからないが、そう言えば。
「秋雨のことじゃないけど、外森がハイキングに行きたくないって言ってるんだよな。どうにか出席させるいい考えってあるだろうか」
「外森さん……ですか?」
「うん。なんかいいアイデアあるかな」
「……私のことは忘れてるのに」
秋雨が小声で何かつぶやく。聞こえなかった俺だが、会話を進めた。
「秋雨も、外森のことを誘ってくれ。乾には言ってある」
「……それなら餌で釣るって手もありますけど」
「餌?」
「例えば、ケーキをごちそうするとか」
「ひとりの生徒に自腹を切るのはよくない」
「あぁ、そうですよね」
何か外森が来てもいいと思えること……。やっぱり俺はクサいから、こんなときこそのクラスメイトだと思ってしまう。
ベタだから、友達に誘われたら行こうと思うんじゃないかと。外森はぼっちだから行きたくないのでは? という懸念があるのだが、秋雨や乾が言っても来ないつもりだったりするのだろうか。
「学校行事に行きたいと思うようにするのは、教師の責務じゃないですか」
「……秋雨、手厳しいぞ」
「一般論です」
すばり切り込んだ答えを出す秋雨。学校行事に行きたくなるような誘い文句……。俺は指先の絆創膏を見た。俺の血を吸わせてやるって言ったら、来るか? いやいや、でもそんなのはハニートラップみたいだ。それに、俺は外森の餌ではないし。
秋雨はじとっとした目で俺を見る。
「……転校生より問題児、ですか」
「そりゃあね。秋雨は上手くやれてる。問題児がクラスメイトとの足並みを揃えないほうが厄介だからな」
「私は先生お墨付きですか」
「まぁなぁ」
赤ペンを回しながら、また宿題のノートに視線を向ける。ノートを見ながら外森がハイキングに来るような誘い文句を考える。そこで、ふと秋雨に聞いた。
「お前、転校してきて友達はできたのか? 乾や外森はいるけど」
「……友達とクラスメイトって違いますからね」
「友達は?」
「微妙なところです」
秋雨がふふっと笑う。こいつ、教師を甘く見ているのか? でも、本人が言う通り、友達とクラスメイトは違う。クラスメイトは同じ場所で勉強する仲間。……友達はもしかしたら一生ものになるかもしれない。そんな風に考えてしまうのは、俺もまだまだ教職にロマンを見ているのだろうか。
「秋雨的に、乾と外森って、どんな感じなんだ?」
俺はふと気づいた質問をする。新年度が始まって数日。転校生から見た、この学校の生徒ってーー。俺から見たら、秋雨はクラスメイトとうまくやっていると思うが。
秋雨はあごに手を当てて、空を見る。
「乾さんは先生が言う通り、人懐っこいですよね。なんと言うか、同級生に使う言葉かどうかはわかりませんが、かわいいです」
「ーー外森は?」
「見た目はスポーティでさわやかな美形ですけど、口を開くと残念系だってわかります」
「……ふたりともその通りだな」
「じゃぁ、私は?」
「え?」
「転校生ですが、先生は私をどう見てますか?」
逆に質問された俺は、ノートの丸付けを一旦止めて、キャスター付きのイスを回転させて秋雨に向かい合った。
「そうだな。大人しくて真面目。優等生タイプだと俺は思う」
「あっ、ありがとうございます……」
質問した本人が解答に照れている。俺は悪ノリした。
「俺はどうだ? 秋雨から見て、どんな教師だ?」
「……私から見た波久礼先生は、鈍感のひと言ですね」
「えっ、どんなところが?」
「そうやってたずねたりするところが、ですよ」
……俺は鈍感か。俺がイスの背もたれに寄っかかると、秋雨は笑った。
「ふふっ、本当に先生ったら……」
「でも、秋雨は普通だろ? ヴァンパイアや狼女だったりしないから、一安心なんだよ」
俺がつい弱音を吐くと、秋雨が変な顔をした。
「ヴァンパイア? 狼女? 何ですか、それ。先生の妄想……?」
おっと行けない。外森と乾がモンスターだってことは、一応秋雨には話さないほうがいいだろう。秋雨は普通の人間だ。乾はわからないけど、外森がまた血を吸いたいとか言ってきたら大問題だからな。
俺の言葉にドン引きしていた秋雨だが、モンスターふたりと人間ひとり、うまく班行動できるか心配だ。俺は両手をぶんぶん振った。
「い、いや、たとえだ。世の中には魑魅魍魎がいるからな」
「……世の中に怪しい人は確かにいますけど、さすがに狼女やヴァンパイアはいないでしょ」
……いや、いるかもしれないんだがな。外森は現に俺の血を吸っていたし、乾の耳と尻尾も本物みたいだったからな。
だけどクラスメイトにそんなモンスターがいるとは、秋雨には秘密にしておいたほうがいいだろう。
「ともかく、秋雨は転校生だけど信頼が置ける。それに比べて外森や乾は……」
「信頼も何も、私はただのイチ生徒ですけどね」
「俺ら教師から見たら、普通の生徒が一番の優等生だよ」
俺はあくびしながら背伸びをする。秋雨は照れくさそうに微笑む。だけど、ハイキングはどうなることやら、だな。
お日様に弱いくせに気は強いヴァンパイアに、お散歩気分の狼女。そこに加わる一般生徒……。今から引率のことを考えると、少々胃が痛い。
「ぼやいちまったな、すまん」
「いいえ」
俺は秋雨に遅くまで拘束してしまったことを謝ると、彼女を解放してまたノートに目をやった。




