8-3 正体
ハロウィン当日。学校は少しばかりテンションが高い。落ち葉のように色づいていた。
「おはようございます!」
「ん、おはよう」
真田先生が元気よく挨拶する。ハロウィンだが、真田先生はいつも通りスーツをびしっと決め込んでいる。
「ーーで、波久礼先生はスーツの上から白衣ですね?」
「ああ、『化学教師』のコスプレだな」
俺がにやりと笑うと、お茶を淹れてくれた白石先生が寄ってきた。
「おはようございます。お茶をーーっと、その前に、『トリックオアトリート』!」
白石先生が俺と真田先生に聞く。俺と真田先生は、おやつを入れたジャック・オ・ランタンを白石先生に向ける。
「1個だけですよ? 学生たちにも集られるかもしれないですからね」
「はあい」
白石先生は間延びした返事をして、チョコをひとつ選び、自分の口へ入れた。
「いつまで経っても学生気分っすね」
真田先生が笑うと、白石先生は恥ずかしそうに微笑んだ。
「学生気分だからこそ、生徒と向き合えている……かも?」
白石先生はチャーミングに言ったあとに、自分のデスクから小さなクッキーの袋をふたつ持ってきた。
「はい。これは私からのトリートです」
白石先生から俺たちに渡されたのは、クッキーだった。
「へぇ、これって若しかして、白石先生のお手製ですか?」
「ふふっ、お口に合うかわかりませんけどね」
手の中にある、白石先生の手作りクッキーは、ナッツのクランチが付いていて、カラメルでコーティングされている、地味に凝ったクッキーだった。
「すごいじゃないっすか! 白石先生、お菓子作りできるんですね」
俺が感心したようにつぶやくと、さっそく真田先生が封を開けて、クッキーを口に入れた。
「甘いけど、普通のクッキー作る以上に手間がかかりそうなお菓子ですね。……うまいっす」
「どれどれ」
俺も白石先生のお手製クッキーをいただく。うん、甘いだけじゃなく、香ばしい。
そこで予鈴が鳴った。俺たち教師はお菓子の入ったジャック・オ・ランタンを手に持つと、さっそく戦場という名の教室へ向かうことにした。
朝のホームルームのために教室に入る。すると俺は思わずクラスの雰囲気に笑ってしまった。……なんだよ、それ。文化祭リプレイかよ。クラスにいた生徒たちは、制服ではなく、文化祭のときに作った衣装を堂々と着ていた。
「あのなぁ……」
俺は頭を抱える。制服ではないということは、校則違反なんだよな。だが、これだけ大勢の生徒がコスプレをしていたら、指導するほうが難儀だっつーの!
「えーっ、いいじゃん! みんなハロウィンだから盛り上がってるのに」
乾が頬を膨らませる。まだ朝だから、変身はしていないけど。
「……センセイ、わたし、センセイの味、堪能したいんだけど」
教壇の前に立った外森が、俺の手を取ると指を口に入れようとした。
「ダメだって。教師に対してのセクハラだぞ?」
手を払うと、俺を口説こうとした外森に、秋雨が怒った。
「令来、先生のこと、噛んじゃダメだからね?」
「あっ、宇月。宇月がダラダラしてたら、わたしや白石先生に波久礼先生が取られちゃうよ?」
「っ! だ、ダメぇ~!」
涙目になりながら外森を叩く。……だから俺を恋バナの中に放り込まないでくれ。ただでさえ生徒の取扱いが大変なんだから。
「はっはっは。ふたりとも、なんか大切なこと、忘れてない?」
「……え? あ、そうだ! 波久礼先生、トリックオアトリート!」
乾が思い出したようにふたりへ言うと、ようやく本題を思い出したらしい。3人は俺にお菓子をせびる。
「トリートで」
俺は持っていたかごを3人の前に置く。
「どんなお菓子が入ってるかな? ……えいっ!」
出てきたのはビスコッティだった。
「ボク、これ好きなやつだ」
「ってか、センセイ! 何気にその白衣って……コスプレ!? ぶっーー!」
外森に笑われた俺は、思わず赤面した。まぁ、白衣がコスプレだとはな。だけど、変なコスチュームを着たりするよりは品位を保っていると思うけど。
「ほら、お菓子を1個ずつ取ったら、1時間目の準備だから?」
生徒たちは「はーい」と元気よく返事をする。俺はぼーっと教壇の前に座って、お菓子を配る。秋の日射しがのんきに生徒たちを包む。ーーいい日だな。そう思いながら、何気なく日射しを浴びた生徒の影を見やる。
……ん?
「どしたの、先生」
俺は秋雨の顔をまじまじと見つめる。……これは、一体どういうことだ?
「お菓子もらいまーす」
「あ、あぁ」
かごに手を入れた秋雨は、マシュマロを取り出す。マシュマロ、か。口に入れると優しく解けていく。まるでそれはーー。
「あーっ! わたし、サブレだ! やった」
のんきに喜ぶ外森。俺は外森の姿を確認する。秋雨と違って、『ある』。だけど、外森はヴァンパイアで、乾は狼女。このふたりじゃなくて秋雨が、なんでーー?
「……先生? そろそろ授業あるし、移動したほうが……」
「あっ、そうだったな。ありがとう、秋雨」
俺は本人である秋雨に礼を言うと、お菓子配りを終わらせて、職員室に戻ることにする。
まさか、秋雨。お前……。
秋雨の姿をしっかり見た。秋雨はーーいや、秋雨『も』、モンスターなのか? 俺が確認したのは『影を持たない秋雨』だったのだ。
「……秋雨も、モンスター? 一体何のだ?」
職員室のデスクに頬杖を付いて悩む。
秋雨。お前は一体何なんだ?
もしかして、隠していたとか? いや、そんな素振りはなかった。それに影がないとするなら、普通に考えてヴァンパイアの外森のほうだろう。
だったら秋雨はーー自分がモンスターだと気づいていない?
「は、ははっ、そんなことあってたまるかよ」
秋雨だけ、まともな人間だと思っていたのに……。いや、秋雨を責めても何もならない。
……よし。放課後辺り、聞いてみることにしよう。
少しばかり緊張する俺は、自分もかごの中に手を突っ込んでチョコレートを取り出し、口に入れた。




