8-4 ゴースト
放課後。ホームルームを終えた俺は、秋雨に声をかけた。
「秋雨、ちょっといいか?」
「波久礼先生? 何か」
朝のうちにトリックオアトリートを済ませたので、夕方は特に何もない。だが、まだ秋雨たちは衣装を着ていた。
「お前らも着替えてから帰れよ?」
一緒にいた乾と外森にも告げると、乾が俺と秋雨をからかった。
「先生、宇月に何の用なの? 放課後ひとり残すって……」
「少々センシティブな話だ。すぐ終わるがな」
俺はそう言うと、秋雨を廊下に連れ出す。乾と外森は……大丈夫だな。出歯亀はしていない。
俺はこほんと咳払いをした。
「先生、一体何の用ですか?」
たずねると秋雨に、俺はハンドミラーを見せる。すると……予想通り、秋雨の姿は「なかった」。
「……やっぱり、な」
「……」
秋雨も黙る。そう言えば、祭りのときに写真を撮ったときも、心霊写真みたいになっていた。そして、影がない。鏡にも映らないーー。俺は秋雨にたずねた。
「秋雨。お前の正体って?」
「……波久礼先生。っていうか、四季くん、全然気づかないから……」
「気づかない?」
「幼稚園のとき一緒だったのに」
そう言って、肩をすくめる。幼稚園のとき? 俺は秋雨をじっと見つめる。昔、俺と秋雨は会っていたのか? 俺が言葉に窮していると、秋雨はため息をついた。
「ふぅ。せっかく幽霊として四季くんと一緒にいられるようになったのに……四季くんは私のこと、すっかり忘れちゃってさ」
秋雨の話によると、俺と秋雨は幼稚園のとき一緒だった幼なじみだったらしい。だが、俺は秋雨のことを忘れていた。俺はしばらく秋雨を見つめて、手を叩いた。
「……ああっ! 秋雨宇月! 確かに知ってる!」
俺は大声を上げた。今まで秋雨のことを思い出さなかった理由。それはーー
「お前、急に俺の前から消えたよな。事故に遭って、そのままーー」
「うん」
「宇月! 俺は、俺はなぁ……!」
宇月の肩に手を起き、泣きそうになるのを耐える。そうだよ、なんで忘れていたんだ。宇月は大事な……大事な幼なじみだ!
「しょうがないよ。四季くんは私の記憶がなくなるレベルでショックだったんでしょ?」
「……だけど、どうして今更俺の前に……」
「やっぱりそれは、私も未練があったからかな」
宇月がくすりと笑う。未練か……。
「でもお前も幽霊とはな。狼女やヴァンパイア、ミイラやサキュバスと一緒だとは」
「まあね。みんなキャラ濃いから、幼なじみの幽霊なんて、影薄いか」
少し元気なさげに言う。だけど、幼なじみの女の子が俺の目の前に教え子としているなんて。しかし、未練があるとは?
「お前の未練はなんだ? やっぱりそれを晴らして成仏させるのが、俺の役目じゃねえかな」
「四季くん……私の未練はね、四季くんと一緒に学校生活を送りたいってものだったんだ。だから……もう十分」
「ち、ちょっと待てよ。俺は幼なじみの女の子が宇月だってこと、ようやく今気づいたばっかだぞ!」
俺が宇月の肩を揺さぶると、嬉しそうに笑う。
「……もともとハロウィンまでって約束だったんだよね。モンスターたちと人間が楽しむのは」
「は? ど、どういうことだ?」
「……四季くん。一緒にいてくれて、ありがとう」
「っ!」
宇月が、背伸びをして俺にキスをする。そして俺はその場で気を失った。
ーーどのくらい寝ていただろう。目を覚ますとそこは、ひとり暮らしの家だった。カレンダーを見てから、スマホで日付と時間の確認をする。11/1。ハロウィンの翌日だ。
「俺、学校からどうやって帰ってきた? ってか、宇月っ……!」
俺はスマホの連絡帳を見る。するとーーない。宇月の電話番号だけじゃない。乾や外森、真田先生、白石先生の連絡先も消えている。
まさかーー今までのことは、すべて夢ーー? 俺は起き上がると、自分の部屋から急いで学校に電話する。
「あっ、すみません。2-A担任の波久礼です。あの、変なことを伺いますが……2-Bの担任と養護教師って……」
電話に出てくれた主任が俺を心配する。
『ああ、波久礼先生。大丈夫ですか? ハイキングで交通事故に遭ってから、ずっと休みでしたから……』
「俺が、事故……?」
「2-B担当の加藤先生も、養護教師の高木先生も心配してましたよ」
ーー加藤先生? 高木先生?
「あの、2-Bは真田先生、養護教師は白石先生ではなかったんですか?」
「……ああ、おふたりはーー」
俺はスマホを落とした。
主任が言うに、俺は去年学校行事の山登りに行ったとき、乗っていたバスが事故ったらしい。そしてそこで真田先生と白石先生、乾と外森がーー。
「嘘だろ……」
再びスマホを取ると、主任に聞いた。
「あの、俺はもしかしてずっと気を失っていたんですか?」
『……でも、ようやく今日、電話くださったじゃないですか』
主任は落ち着いた様子で俺に話しかける。だけど今までの記憶ーー生徒たちと、同僚の記憶は、すべて夢だったってことなのか。
俺は自分の部屋の中にあった、宇月の写真を見つける。幼稚園のときのもので、水が添えられていた。俺はーーずっと宇月のことを大切にしていたのか?
俺は宇月の写真に手を合わせた。
翌週月曜から、俺はまた教職に復帰する。もう、乾も外森も、真田先生や白石先生もいないのか。モンスターたちは、ひとりの女の子の幽霊に連れられて行ってしまった。
「それでは、事故から復帰した波久礼先生からどうぞ」
全校朝礼のとき、俺はマイクを手にする。モンスターたちと一緒だったことをなかったようにはしたくない。そして、幼なじみの宇月のことも、もう忘れたくない。
「皆さんおはようございます。休んでいた波久礼です。悲しい事故がありましたが、俺は事故によりこの世を去った人たちの分まで、長く生きないといけないと思っています。再びよろしくお願いします」
朝礼で深々と頭を下げる。
俺は、これからも生きていく。亡くなったみんなとの思い出に恥じないように。
そして宇月。もうお前のことは忘れたくない。だからーー見ていてくれ。俺のことを。
俺は曇天の下、空を仰ぐ。11月の空、ささやかな秋の雨が、俺の頬を優しく撫でた。




