8-1 ハロウィン近し
9月の文化祭が終わってしばらく。10月に入り、二学期の中間テストもあったが、なかなかにのんびりした日常を送っていた。
ロングホームルームを終えると、学生たちはそろそろ下校だ。
「おう、そろそろ帰れよ」
俺が声かけをすると、いつもの秋雨、乾、外森が寄ってきた。
「先生、何か忘れてない?」
乾が俺に向かって満面の笑みを浮かべる。外森もどことなくわくわくしている感じだ。
「もうすぐあるでしょ? イベントが」
外森が言うと、俺は手を叩いた。
「あっ、中間テストだな? お前らまた赤点で補習とか、やめろよ?」
「……なんでテストだと思うんだよ」
乾がむすっとする。代わりに答えたのが秋雨だった。
「先生、葉桜と令来が盛り上がってたら、想定されるイベントはただひとつじゃないですか」
「んー……なんだ?」
「先生のにぶちん! 10月のイベントっていったら、わかるでしょ?」
うーん……10月に、乾や外森が盛り上がるイベント……あ。
「ハロウィンか」
「やっとわかったか」
乾が腕を組んで鼻息を荒げる。そうか、ハロウィンが近いのか。だけど、本物のモンスターと関係するのだろうか。
「お前ら、仮装ってしたりするのか?」
仮装と言っても、どんな格好でもこいつらがモンスターだってことは変わらないからな。衣装を着なくても、モンスターであることに変化はない。
「葉桜、仮装する?」
外森が乾にたずねると、乾は首を振った。
「いや、仮装しなくてもボクは狼女だし……」
「そうだよね」
「ふたりとも、文化祭のときに作った衣装があるけど?」
秋雨が思い出したように言う。せっかく作った衣装だし、文化祭の一日二日間だけ着るのはもったいないとは俺も思う。
「あの衣装、よくできていたものな」
「……うーん、ハロウィンの衣装どうする?」
秋雨がふたりにたずねる。文化祭のモンスターズカフェとは違って、ハロウィンはお菓子かいたずらかせびるものだ。学校で盛り上がるイベントではないからな。やるとしたら個人でだろう。
「私たち3人、先生たち相手にハロウィンするって言うのは? 衣装もあることだし」
秋雨が言うと、乾と外森も同意した。
「クラスの子たちにも言ってみようよ。ボクたちだけなのも寂しいし」
乾が音頭を取ると、外森が教室に残っていた生徒に声をかけ始める。黒板には大きく『ハロウィン』の文字だ。
「はーい! では、10/31に紋白高校ハロウィンを行います! 衣装を着る人は事前に私たちに言ってね」
外森がにっこり笑うと、クラスの何人かが手を挙げた。
「私、文化祭のときキッチンだったから、コスチューム着られなかったんだよね」
「私も。秋雨さんのデザインした衣装、かわいかったから着てみたくて」
「えへへ、ありがとう」
秋雨も照れて赤くなる。3人は、衣装を着る生徒をリストにする。
「だけどハロウィンってどんなことをするの?」
「えーっと、衣装を着て、先生方に『トリックオアトリート』って聞くんだよ。お菓子をくれなきゃいたずらするってね」
「……いや、ちょっと待て? そしたら事前に聞いて菓子を持ってなかったら、いたずらされるってことだよな?」
「うん、そうだね」
乾がへらっと言ってのける。うちのクラスがやるイベントだ。ちゃんと他の教職員に告げて、お菓子を持ってきてもらえなかったら危ない。いたずらされてしまうってことだよな?
「……余計なイベント企画したなぁ、おい」
俺がボールペンを回すと、生徒たちは笑った。
「いいじゃん、いたずらされる先生たちも見てみたいし」
「そうは行くかよ。事前に菓子を準備するからな」
「それはそれで嬉しいから」
どう転んでも、学生側がおいしい思いをするのか。ともかくおやつは持っているとして、いたずらって何をする気だ。俺がじっと3人を見つめると、1番ノリのいい乾がまた尻尾を出して、ぶんぶん振っていた。
「お菓子も楽しみだけど、いたずらはどうしよっか?」
「葉桜、また尻尾出てるよ?」
秋雨が乾に注意すると、尻尾は消えた。
「油断も隙もないね」
「令来だって、牙が見えてるよ?」
「歯はしょうがないじゃん」
「まあまあ」
乾と外森がお互いの短所を指摘し合う。短所というか、隠せていないモンスターの目印と言ったところか。
それはともかく、秋雨のところに衣装を着たいという生徒が集まる。名簿を作ると、秋雨は衣装の数を確認した。
「よし、これなら着たい人全員着られるね」
「……今回は任意だからね。イベント出たくない生徒は無理強いしないし」
3人を中心としてわいわいと盛り上がる生徒たち。まぁ、こんな風に楽しむのも悪くないのかな。ただ、俺たち教師陣は、お菓子の準備をしないとだが。
楽しんでいるクラスの生徒たちを見ると、俺は学級日誌とクラス名簿を揃えて立ち上がった。
「あとはお前らの自主性に任せる。俺は職員室に帰るからな」
そう言うと、秋雨たち3人は、俺に手を振った。
「先生、じゃーね!」
「お疲れさまでーす」
「また明日ね!」
ハロウィンまであと数日。俺たち教師陣は、当日お菓子を持たなくては。
職員室に戻ると、さっそく隣の席の真田先生と白石先生に、クラスの生徒たちがハロウィンのイベントを行う話をした。
「へぇ、楽しそうですね」
「いや……まぁ、モンスターたちが勝手に盛り上がっちゃってるだけですけどね」
「私たちもモンスターですけどね?」
白石先生がくすりと小さく笑う。そうだったな。真田先生と白石先生もサキュバスとミイラだ。だとしたら……。
「おふたりは、『トリックオアトリート!』って、絡んでくるほうでしたか。はぁ……」
「ははっ、まぁ僕らは大人ですから。でも、波久礼先生が相手をしてくれるなら、話は別です」
真田先生が、俺のあごに触れる。俺は軽くその手を払い除けた。
「……真田先生、セクハラですよ?」
「波久礼先生だってモンハラするでしょ?」
「おふたりとも! 仲違いはよくないですよ!」
白石先生に止められる俺たちは、ふうとため息をついた。
「でも、おふたりはモンスター側でトリックオアトリートするほうなんですか? 生徒にモンスターだってバレますよ?」
「それはそうなんですよねぇ……」
白石先生が困ったような笑みを見せる。ハロウィンは生徒だけじゃなく、教師陣も何かと大変そうなのだ。




