6-3 ナンパ
秋雨を元気づける。男子たちは俺たちを囲むと、外森の腕を取った。
「上物じゃん。かわいいな?」
「……」
外森は黙って男子を見つめる。
「おっ、なんだよ。見つめられてもときめくだけだぞ?」
へらへらと笑う男子に、腕を掴まれていた外森だが、その手を自分のほうに持ってきた。
「……わたし、おいしそう?」
「おっ、なんだよ。アピールか?」
男子高生はデレデレしながら外森を見つめる。俺は嫌な予感がした。
「おい、外森から手を離せ!」
「はぁ? 先生は若い学生の邪魔すんなよ」
「ーー君が心配なんだよ」
「はっ?」
俺が眉間を押さえた、そのときだった。
「っ!」
腕を掴まれていた外森が、ぐいっと男子を引き寄せる。そして首筋に噛み付いた。
「お、おい! 言わんこっちゃない……」
「……」
外森は、あろうことか男子の血を吸ったようだ。女子だからと心配することはなかっただろうか。むしろ男子のほうが被害者だぞ、これ。
しばらく首筋に噛み付いていた外森だが、血を吸われた男子は、その場で地面に手をついた。
「大丈夫か……?」
「……いい……」
「なっ?」
「かわいい女に首筋噛まれるとか、最高だろ!」
何を言っているんだ。まぁ、若い男子には刺激が強すぎたんじゃないだろうか。首筋を噛んだ外森は、呆れたような顔を見せた。
「……若い血はおいしいけど、性癖が気持ち悪い」
血を吸ったくせに、何をいちゃもんづけているんだろうか。俺はまた眉間を押さえてため息をつく。
「か、かわいい女だからって油断すんなよ!」
「うわっ!?」
外森にやられた男子に、もうひとりの学生が叱咤する。そいつは乾を後ろから羽交い締めにした。
「ふっ、後ろから羽交い締めにしていたら、首筋に噛み付いたりできないだろ?」
「……そうかな?」
「えっ……ぎゃっ!」
乾が、羽交い締めした腕に噛み付く。確かに首筋に噛まれはしないけど、半袖を着ていた腕には、しっかりと歯形がついていた。
「な、何しやがる!」
「はっは~ん。ボクたちを甘く見ないでよね」
「……あっ、乾!」
俺は不意に夜空を見上げた。乾は月を見ると、狼女に変身してしまう。今夜の空は……ヤバい。満月だ。
「乾、空見るなよ!」
「あのねぇ、先生。男子にいいようにされてるのに、応戦しないわけないでしょ!」
そう言って、空を見上げる。
「あおーんっ!」
はぁ……。変身しちゃったか。秋雨は、変身した乾を見て、口をあんぐりとさせている。別に秋雨に正体を隠していたわけではないはずだが、さすがにびっくりしているようだ。
「な、なんだ、この犬女!」
「失礼だなぁ、犬じゃない。ボクはれっきとした狼女!」
乾は、また飛び出してしまった尻尾をぶんぶんと振る。月を見て、興奮してしまったのか? 男子たちは、ヴァンパイアや狼女を目の前にして腰を抜かしたらしく、その場に座り込んだ。
「ば、化け物っ……!」
「化け物じゃない。ボクらは優秀なモンスターだからね?」
乾は軽く笑ってウィンクをする。満月の光を浴びた狼女とヴァンパイアは、水を得た魚がすぎる。しかし、モンスターに優秀もクソもあるのだろうか。化け物というのは確かに失礼かもしれないが、化け物は化け物だ。
血の気が引いた残りひとりの男子は、地面に尻をつけたまま、後ずさりする。
「よ、寄るなっ! 化け物ども!」
「わんっ!」
「……血なら吸ってもいいけど?」
「はいっ! 俺でお願いします!」
「……」
なかなかにカオスな状況だ。乾は今度、足に噛み付いているし、外森はヴァンパイアならではの色気を出して、残りの男子の血を吸おうとしている。だが、さすがにまた首筋に噛み付いたら、それは微妙に不純異性交遊に当てはまってしまう気がする。その場合、俺はやはり教師として、止めなくてはいけないのではないだろうか。
「ほら、外森も乾も、男子を離せ!」
「わぉーん!」
「ちぇっ、もう少し血を吸えると思ったのに」
無理やり男子を引き剥がすと、腰の抜けた男子たちはようやく身を起こしてその場から去ろうとする。
「こ、これで勝ったと思うなよ!」
しっかりと捨て台詞まで吐くとは。しかし、ナンパした相手がまさかのモンスターだなんて、誰も信じない話だ。
男子たちが立ち去ると、女子たちはふんっ、と鼻息を荒くした。
「弱っちいのに声をかけてくるのが悪い!」
犬顔の乾が、ぷんすか怒る。犬ーーいや、狼か。狼顔の乾は、ふわふわの毛並みだからかかわいく見えてしまう。いや、人間の女子だからではないのだが。まだ満月の力があるから、変身したままだ。
「久々に若い血を吸えたからよかったけど……女の子だったらもっとおいしかったかもね」
ヴァンパイア外森が贅沢を言う。だが、首筋に噛み付くとは……場合によっては傷害事件だ。乾もそうだけど。
「ふたりとも、もっとナンパの対処法はなかったのか……」
「センセイの言うこと、聞いてなかったじゃん。わたしたちは自衛したってだけだよ」
そう言われてしまうと、俺は何も言えん。
「……葉桜、令来?」
「あっ、宇月」
乾と外森がしまった、という顔をする。秋雨はふたりの正体を知らなかった。それがこんな形でバレるとは……。
「驚いた、よね?」
まだ変身が解けていない乾が、ぽつりとこぼす。外森も申し訳なさそうにつぶやく。
「わたし、宇月と葉桜といるのが落ち着くから、友達やめるとか言われたくないんだけど……」
「っ! 別にふたりの正体がモンスターだから友達やめるとかないから!」
秋雨は手をぶんぶんと振る。まぁ、モンスターと言えども普通にしていれば、ただの人間と変わりないからな。真田先生と白石先生も。ただ、乾みたいに変身してしまったり、外森や真田先生みたいに血やら精気を吸わないといけなかったり、白石先生みたいに透明になってしまうのは厄介ではあるけどな。
「はぁ……私だけ、モンスターじゃないの?」
「俺もだから、気にするな」
俺もモンスターの生徒や教師に囲まれている、普通の人間だ。だけど、自分がモンスターではないという気後れは特にない。それはひとえにモンスターたちがいいやつだからではないだろうか。
秋雨の頭にぽんと手を置く。するとほっとしたように秋雨は笑った。




