6-1 祭り
遊園地で補導という名の後楽をして、数日。俺は夏休みだというのに、学校へ来ていた。夏期講習というか、赤点を取った生徒の補習があったのだ。
「あ~、乾と外森は赤点か」
「先生、お手柔らかに……」
そう言って突っ伏す乾。しかし、秋雨は元気そうだ。
「でも、秋雨は赤点じゃないのに、補習受けに来たのか?」
「まぁ。学習量が少ないかなと思ったので」
その言葉に俺は目頭を熱くする。真面目だ。……その真面目さを少し、乾や外森にわけてやって欲しいぞ。
「しかし、国語が赤点か。どんなところが苦手なんだ?」
俺は乾と外森の顔をのぞき込む。乾が俺を見て説明した。
「古典の語句の活用がよくわからないっす」
「まあ、それは暗記だけどなぁ」
「……先生がわかるまで教えてくれるんじゃないんですか?」
外森も頬杖をつきながらぼやく。すまないが、俺はそこまで優しい教師ではない。
「暗記は、教えるとかじゃないからな」
クールに言うと、乾が笑った。
「そんな風にかっこつけないでくださーい」
「俺は生徒の自主性に任せてるんだよ」
「面倒くさいだけだからじゃないの? 」
「無駄口叩いているなら、さっさとプリントやれ」
「ぶぅ……」
外森が頬を膨らませる。先にプリントを終わらせている秋雨が、外森のほうにイスを向ける。
「私が教えよっか?」
「うん、助かる」
秋雨が外森に向き合うと、さっそくプリントだ。乾もふたりに近づく。
「あっ、ボクも教わりた~い! 波久礼先生いじわるだからなぁ。宇月先生、よろしく~」
補習だが、生徒の自主性に任せると、自習になるな。俺はそう思いながら3人の様子を眺める。秋雨の教え方がうまいのか、プリントがみるみる埋められていく。15分くらいで、乾も外森もプリントを終わらせた。
その紙に丸をつけていく俺。正答率が高いのを見て、俺は少しだけやる気が失せた。
「秋雨のほうが教え方うまいってことかよ……」
「はっはっは、波久礼先生負けを認めろ!」
調子に乗っている乾を、丸めたプリントでバシッと軽く殴るとぶうたれた。
「先生、暴力はんたーい!」
「じゃ、真面目に自分で勉強できるように、きちんと勉強に励めよ」
「センセイ厳しいなぁ」
外森も頭をかきながらつぶやく。ともかくプリントな及第点だ。今日のところはこれで解放かな。
「今日の補習はこれで終わり。忘れ物しないで帰れよ」
学生はいいよな。夏休みで。俺たち教師は、休み中も補習やら夏休み明けに使うプリント作成などの仕事がある。
下校しようとした秋雨だったが、乾が外森とともに話しかけた。
「宇月、令来もだけど、今日駅近くの神社でお祭りがあるんだって! 寄っていかない?」
「えっ、楽しそうだね」
「放課後に夏らしくお祭りなんて、楽しそうじゃん」
「教師の前で、寄り道の話かよ。制服で寄る気か?」
「じゃあ先生、一度帰ってからならいい?」
「下校後のスケジュールまでは教師の管轄ではないからな」
「やった!」
秋雨は一瞬曇ったが、すぐに元気になる。すぐに待ち合わせ場所を決めると、一度帰宅してからお祭りに繰り出すことになったようだ。
「先生、お疲れさまでした! じゃまたね」
「おう、お祭りくれぐれも気をつけてな?」
生徒たちを送り出して、俺は職員室へ向かう。今日の補習は国語だけなので、真田先生と白石先生は休みらしい。俺はデスクのキャスター付きのイスに座って、大きな伸びをした。
「さぁて、俺はこれから今日の補習メンバーの宿題の採点か」
3人なので少ないが、宿題は2ページくらいみっちりと出していたからな。夏休みなのに暑い中、学校に来ただけでも及第点だろ。しかも補習もしっかりやって……。これ、生徒たちのことじゃなく、俺の話な?
「おっ、波久礼先生。今日出勤でしたか」
「あ、主任。お疲れさまです」
主任も今日、出勤か。俺たち教師は都合のいい公僕なのだろうか。立ち上がって頭を下げると、主任は手を振った。
「お互い暑い中頑張ってますな」
「本当ですよ……。ま、家のクーラー代は浮きますけどね」
「あぁ、そう言う考えもありますね」
俺は再び座ると、宿題に目をやる。……秋雨のほうが教えるのはうまい、か。俺は思わず口に弧を描く。トホホ。
「学生たち、補習後に一旦帰宅してからお祭りに行くそうなんですよね。真面目に仕事しているのも嫌になりますよ」
「えっ、祭りですか? 大丈夫かな」
主任があごに手を当てる。ああ、そうか。祭りには柄の悪いやつらも出てくるからな。生徒たちが心配になるのはわかる。
「……波久礼先生はお祭り、興味ありますか?」
主任はメガネの奥の瞳をきらめかせる。俺はその迫力に唾を飲み込んだ。
「祭り……仕事じゃなければ俺だって行きたいですよ」
「行っていいですよ?」
「へっ?」
「その代わり、また補導のほうをお願いしたいんですよ」
「あぁ!」
俺は納得して、ぽんと手を叩く。祭りに行くのはいいのだが、もしかしてこれってサービス残業? 俺は返事に戸惑う。
「残業手当て、出ないんですか?」
「むっ……。じゃ、私が千円奢るから、屋台で何か買ってもいいですよ」
なんと、主任がポケットマネーを出してくれるという。俺はその金を受け取った。
「こういうことはあまりしないほうがいいですけどね」
ポケットにしまっていた財布に金を入れると、主任は笑った。
「今回だけ。ね?」
主任がしぃーっと、人差し指を唇に当てる。この仕草、女性がやったらかわいいのに、現実はおじいさんだからな。
俺は宿題の丸つけを終えると、主任が麦茶をいれてくれた。
「ありがとうございます」
「いいえ。それじゃ、祭りの補導、よろしくお願いしますね」
肩をぽんぽんと叩かれると、俺はカバンを持って学校を出た。
……さて。夏祭りだ! 駅に着くと、屋台でまずは腹ごしらえだ。腹が減っては補導もできないからな。まずはもらった千円で、焼きそばとたこ焼きを購入する。……これだけで千円は使い切ってしまった。屋台マジックはすごい。すべての食べ物がおいしそうに見えるからな。
焼きそばとたこ焼きを買って、ベンチに座る。どちらもうまい。もぐもぐと口を動かしながら、スマホを手にした。
「秋雨たちも来てるんだよな……」
真田先生は生徒たちとID交換しているけど、俺は電話番号に付随しているショートメッセージしかない。またプライベートとごっちゃになるのはごめんだが、連絡したほうがいいだろう。今日は特別だ。
『お前ら、祭り来てるか?』
返信がすぐに来そうな秋雨に連絡。予想通り、メッセージは数分で返ってきた。




