1-2 行かない理由
始業式が終わると、俺は外森に教室に残るように言った。山登りは集団行動のひとつだ。だから、理由がなければ出席してほしいのが教師としての願いだ。ーーなんてきれいごとだが、要するに変に俺の仕事を増やさないでほしいというのが本音である。
クラスの生徒を家に帰すと、俺は外森とふたりきりになった。
「悪いな、残ってもらって」
「始業式早々女子を放課後呼び寄せて……もしかして、やましいことをしようとか!?」
「ないない。やめろ、そんな言われもなき誹謗中傷」
俺は教壇の前に座る。外森はその前の席に着いた。
「ってか、悪いと思っているなら残さないでよ」
「……言わなくても、教室に残した理由、わかるだろ」
「センセイが、私に一目ぼれしたってこと?」
外森のくだらない冗談に、俺は頭を抱える。
「はぁ……バーカ。お前みたいな生徒のせいで異性関係で悩む暇なんてねぇんだよ」
「はっ! だからやっぱりわたしに目を付けたとか!」
「あのなぁ……」
俺は教壇に頬杖をつく。目の前で立ち上がる外森を見て、またため息をついた。
「わかるだろ、お前が行事のハイキングに行かないって言ってるから残したんだよ」
「……本当にそれだけの理由~?」
「ああ、それだけだ。出席に丸して提出してもらうぞ?」
俺が紙を取り出すと、外森に渡す。だが、外森は俺に向き合うと、じっと瞳の中を見つめた。
「……先生ってさぁ、いい香りするんだよね」
「気のせいだ。さっさとプリント書け」
「気のせいかどうか、試させてよ」
「……」
外森は俺の目を見つめたまま、プリントを受け取る。そして、俺のあごに手を当てた。
「教師にお触り禁止だぞ」
「味見させてよ」
「は? 味見……?」
外森は、俺の首筋を指でなぞる。何なんだよ、これ。もしかして俺、生徒にセクハラされてる……?
俺は思わず首筋を手で隠す。すると外森は顔を赤らめながら俺を見る。もしかして……発情してる? 俺に? はっ、女子って言ってもまだ乳臭いガキだ。そんなガキに、体を触られたり、いやらしい目つきで見られるなんて。
「いくら俺がいい男でも、お前はガキだ」
「いい男っていうか……センセイすごくおいしそうなんだよね」
「だから、おいしそうってなんだよ」
「うるさい」
「っ!」
外森は俺の人さし指をとると、口に入れて噛んだ。少し血が出たみたいだが、俺の指から出た血を、外森は舐める。
「お、おい、汚えぞ!」
「汚くないよ。わたし……血を吸わないと、生きていけないから」
「……それってもしかして」
「ん、お察しの通り、ヴァンパイアってやつ?」
俺の指をちゅーちゅー吸うと、外森はようやく気が済んだように口から人さし指を離した。
「予想通りだよ、センセイ。おいしすぎ。AB型?」
「……蚊が好きな血液型はO型って聞くけどな」
「高貴なるヴァンパイアと蚊を一緒にしないで。でも、なんでわたしがハイキングに行かないか、わかったでしょ?」
「てんでわからん」
「あのねぇ」
外森は苦笑いを浮かべる。俺はそれでも出席に丸を付けさせようと迫るが、外森は首を振った。
「……わかるでしょ、ヴァンパイアは夜行性。太陽の下でハイキングなんて、自殺行為だよ」
「ああ、なるほど。……でもお前、朝から学校で授業受けられてるよな?」
「それはある程度、ヴァンパイアが人間社会で適応できるように訓練したからだよ」
「だけども遠足は難しいってことか」
「うん」
外森がヴァンパイアねぇ。確かに俺の指から血を舐めているけど、ただの変態趣味があるだけかもしれないし。……ってか、ヴァンパイアか人間かなんて、わからないよな。
「うー……まだ疑ってるの?」
「疑うも何も、ヴァンパイアだとしても学校行事は出てもらいたい。というか、出ろ」
「はぁっ!? ってか、わたしがハイキングでぶっ倒れたりしたらどうすんの!?」
外森が声を荒げて机をバンッ! と叩く。
「っ~~!」
「……手、痛かったか」
「痛いよ!」
だったら最初から叩くなよ。そんな言葉を封じて、俺は面倒くさそうな目を外森に向けた。
「お前はさぁ、一緒に歩く友達がいないから行きたくないんじゃないの?」
「っ! な、な、なわけないじゃん! わたし、高貴なるヴァンパイアだよ? ただの人間なんか、友達になれるわけないでしょ!」
「……しかし、世の中は普通の人間しかいないだろうよ。俺は、お前がボッチだから駄々をこねているようにしか思えない」
「センセイっ!」
「まぁ……本当にヴァンパイアかどうかも、俺からしてみたら『知らんがな』案件」
俺が鼻で笑うと、外森はキッと俺を見た。
「よしっ! じゃあ今からコウモリに変身してみる。そしたらさすがに信用するでしょ?」
「コウモリ? ……まぁ、そうだなぁ」
「見てて! 3、2、1!」
どろん。
「あれ、外森?」
外森が消えた。辺りを見回すと、そこにいたのは小さいコウモリだ。彼女本人が言ったように、コウモリに変身した--のか?
「センセイ、信用してくれた?」
目の前で、キーキー鳴いているコウモリが外森か。俺は面倒くさそうなことに巻き込まれる予感満々で、思わず眉間にしわを寄せる。
ーーヴァンパイアが生徒だと?
「はぁぁ~……」
「何よ、その深いため息」
外森は変身を解くと、教壇に手を置いた。新年度、さっそく問題児イチ。外森がいつも眠そうにしている理由は、ヴァンパイアだからなのか。
俺は人間の姿に戻った外森に、びしっと言った。
「ここは人間の学校だ。ヴァンパイアだから贔屓するとかはない。みんな平等だ。それができねえなら退学しろ」
「はぁ!? そんなぁ……」
「そんなも何もない。夜型なら定時制だってあるだろ。それをわざわざ昼の学校来ているんだから、こっちのカリキュラムに合わせるのが当たり前だろ」
俺の言ったことはド正論だった。
生徒を教え導くのが教師の役目だ。もし、外森が全日制だと辛いと言うなら、定時制を勧めることは当然だった。
「ま、全日制で頑張るならハイキングは出とけ。乾と秋雨と一緒でいいな?」
「そんな、勝手な!」
「あのな、春のイベントなんて、友達を作るいい機会なんだからな?」
「はぁぁ~っ……高貴なるヴァンパイア様が人間と友達なんて……」
間の抜けた声を上げる外森だったが、俺は俺の仕事を今日も片づけて、教室をあとにした。




