1-1 オリエンテーション
……4月だ。エイプリルフールを終え、新学期。私立紋白高校。これが俺の職場。つまり俺は教職員だ。今年から2年生を受け持つ。
私立紋白高校は女子高だから、若い男が勤めているのは珍しい。どうやら大抵は、大学生時代に戻った地元の出身校に勤務するのが普通らしい。
俺がなぜ、紋白高校を勤務先に選んだかと言うと、給料の高さからだった。女子高生の中にいる男……色々気を使わないといけないが、それよりも高いお賃金だ。
ーー4月9日。入学式を終えて、今日から新学期。俺の今年の受け持ちは2年生。その前に、職員室へひとりの生徒が訪ねて来た。
「すみません。波久礼四季先生はいらっしゃいますか?」
「ああ、秋雨宇月くんかな? 波久礼は俺」
「あっー……本日からよろしくお願いします!」
透き通る白い肌に、ストレートの黒髪。スカート丈も膝下3cm。いかにも深窓の令嬢といった美少女。2年から転入してきた秋雨は、ぺこりと頭を下げた。
「よし、秋雨も来たことだし、教室に行こうか」
「はいっ。……ところで波久礼先生。何か気づきませんか?」
「えっ? 気づくって?」
「いえ、何でもありません……」
「?」
意味深なことを言われた俺だが、何に気づくというんだ? 俺が気づかなかったとこでがっかりされたみたいだが、何もわからないのは確かだ。
俺は名簿ど学級日誌を持つと、秋雨を連れて2-Aの教室へ向かった。
教室はクラス替えがあった後だからか、少し騒がしかった。俺が秋雨と教室に入ると、教壇に立った。
「えーっと、静かに。今日から2-Aを受け持つことになった、波久礼だ。一応国語を受け持っている……って、名前だけだと味気ないな。ってなことで、趣味は映画鑑賞だ。よろしくな!」
元気よく自己紹介をすると、俺は隣に立っていた秋雨に自己紹介をするように促す。
「あっ……今日から紋白高校に転校して来ました秋雨宇月です。趣味は……空を眺めること、かな。よろしくお願いします」
パチパチと拍手がする。しかし、空を眺めることが趣味ねぇ……。内気な性格なのだろうか。
秋雨の自己紹介が終わると、出席番号順に続く。みんな趣味は無難なことを言うんだな。音楽を聞くとか、読書とか。
そんな風に思っていると、ツインテールの乾葉桜が元気よく話し始めた。
「乾葉桜でーすっ! 趣味はお散歩! 得意科目は体育です、よろしくぅ!」
乾葉桜か。確か去年のクラスでは、『妹にしたいランキング1位』だったな。まぁ、明るくて人懐っこいので、その順位は当然とも言えるだろう。しかし、趣味はずいぶん婆くさいけど。でも、体育が得意なのは然もありなん。
クラスから拍手が起こる。自己紹介は次々と続く。だけど、自己紹介の波は、あるひとりの少女で止まった。
「……ぐぅ」
「ちょっと、外森さん! 順番だよ?」
「…………ん、ふわぁ……」
外森と呼ばれた茶色いショートカットの少女は、あごから垂れていたよだれを拭って目を覚ました。新学期初日に自己紹介でうたた寝とは。ずいぶん肝が座ったやつだな。
「外森、自己紹介」
「ふぁあい……。外森令来です。趣味は寝ること。よろしく……」
そう言うと、外森は大胆にも、再び眠りの世界へ飛び立とうとする。俺は名簿でそんな外森の頭を叩いた。
「こーら、また眠ろうとしない」
「ちぇっ」
とりあえず、クラス全員が自己紹介を終えると、一旦休憩だ。この後は、今度控えているハイキングの班決め。それが終わったら解散だ。
休み時間になると、生徒たちは自販機に飲み物を買いに行った。俺も同じようにドリンクを買う。購入したらその場を立とうとしたが、声をかけられた。
「あっ、波久礼先生! ……ですよね?」
「ん? 何でしょうか」
「お釣り、取り忘れてますよ」
「おっ、気づかなくて。ありがとうございます!」
俺は白衣を着た女性にお礼を言う。見慣れた顔じゃないな。えーと……。
「すみません、新任の方ですか?」
「はい。保健医の白石深雲です。今年から紋白高校に赴任してきました。よろしくお願いします」
「はぁ、こちらこそ」
お礼を言って、いちごミルクを飲む。白石先生はペットボトルのミルクティーを買うと、俺の隣に立った。
ふと、白石先生を見やる。すると腕に包帯が巻かれていることに気がつく。
「白石先生、その包帯はーー」
すると、予鈴が鳴った。
「そろそろ行かないと」
「あっ、じゃ、また……」
聞こうと思ったが時間だ。でも、センシティブなことを聞かなくてよかったのだろうか。
白石先生と手を振って別れる。教室に着くと、ちょうどチャイムが鳴った。
「ほい。では、みんな。今度の遠足で山登りに行くことは知っているよな? このオリエンテーションで班決めする」
俺は黒板に『山登り』と大きく書く。
「再来週にある山登りだが、10kmくらいのハイキングだ。車で現地まで行って、そこから歩く」
俺が説明しているのにも関わらず、相変わらず大胆にも机に突っ伏している外森に、俺はチョップした。
「っ……! 痛ぁっ、何するの、波久礼先生。体罰だぁ~!」
「何とでも言え。山で遭難したり、熊に遭遇するよりマシだろ」
「わたし、眠いんだけど……」
「家で寝ろ」
俺は鼻息を荒くして腕を組む。山では思いもよらない事故に遭いやすい。だから、オリエンテーションはきちんと聞いてもらいたいのだ。
「よし、4人一組になってくれ」
俺が手を叩いて促すと、次々に班を決めていく。クラス替えがあってすぐ。もともと同じクラスだった子たちで組むのが多いので、俺は秋雨がひとりになっていないかちらりと見た。
「秋雨さん、まだ組んでないなら、ボクと一緒にならない?」
声をかけていたのは、乾だった。秋雨はその言葉に乗ってうなづいた。
「えっーー私?」
「うん。あとーー外森さんは?」
「うーん……」
「だから寝てんじゃねえよ」
スパーンっ! 相変わらずの居眠り。いい加減学習してくれ。寝るな。
「いてぇ……波久礼先生のいじめっ子」
「いじめに合わないように、班決めしてんだろ? 乾たちに混ぜてもらえ」
「でもわたし、ハイキング行かないから」
「……なんだって?」
聞き捨てならない言葉に、俺はつい冷たい視線を向けた。




