3-5 閉会
玉入れはやはり生徒のほうが強かった。やはり若いときのバイタリティはすごい。俺たち教師陣は玉入れするためしゃがんだり立ったりするだけでひぃひぃ言っていた。情けない話だが。
『ただいまから閉会式を行います』
すべての競技が終わると、俺たちは整列して結果発表を待つ。放送委員の生徒が、掲げてあった点数表に目をやった。
『優勝はーー紅組です』
「やったあ!」
乾が秋雨に抱きつく。相変わらず人懐っこいな。秋雨もよしよしと乾の頭をなでる。狼女というより、最早飼い犬じゃないか? だけど、今日も日中のイベントだったが、外森も平気だったみたいだな。それはよかった。
「波久礼先生、教職員組も頑張ったほうですよ?」
白石先生が俺の服の裾をおずおずと引っ張る。こんな甘えるような仕草をされて、喜ばない男はいないだろう。俺は鼻の下をかきながら、うなづいた。
「パン食い競争とかも頑張りましたからね」
「でも玉入れは惜しかったなぁ。……もう僕たちも若くないってことですかね?」
真田先生が苦笑いする。まぁ、学生に比べたら俺たちは老害だろうな。だけど無事に体育祭を終えて、なんとか一安心だ。
「明日は筋肉痛かもしれないっすね」
俺がつぶやくと、白石先生が顔を寄せてきた。
「ーー湿布、持っていきます?」
「あ、あぁ、いやぁ」
「お願いします! ……波久礼先生が甘い言葉に乗らないんなら、代わりに僕が」
「あのなぁ」
白石先生に湿布をもらった真田先生は、にこにこと機嫌良さげだ。校内恋愛禁止は、俺が勝手に掲げているだけだからな。真田先生が白石先生にアタックしようがなんだろうが、俺には関係ない。その代わり、厄介ごとは持ち込まないでくれよ。
整理体操すると、片付けて撤収だ。まずは生徒たちをテントから追い出さないと。
「お前ら、荷物持って出ろー。帰るぞ?」
「はーい」
聞き分けよい生徒たちは、荷物を手にしてテントの外へ出た。
「センセイ、今日もお疲れさまでした!」
外森が頭を下げると、秋雨と乾も挨拶する。
「あっ、真田先生、深雲ちゃんに湿布もらったんだ」
「……波久礼先生は、もらわなかったんですか?」
秋雨に聞かれたが、俺は首を振った。
「波久礼先生は妙な意地張ってるんだよ」
「へぇ」
「ばっ、真田先生!」
「ふぅ、よかった」
「秋雨も、よかったってなんだよ」
「え、ええと、それは……」
「まぁいいけどさ」
駄弁りながらテントを解体していく。女子高だから、力のある男性の手が足りない。白石先生も頑張ってテントをしまうのを手伝ってくれている。そのとき。
ガションっ! と音が鳴った。
「きゃっ!」
「白石先生、大丈夫ですか!?」
俺と真田先生が近寄る。どうやら手を挟みそうになったらしい。テントの屋根を真田先生が持つ。俺は白石先生がケガをしていないか確かめる。すると、指先から巻かれている包帯がテントに引っかかっていた。
「あっちゃ~。ちょっと解きますね」
「えっ! あ……はい」
テントの骨が包帯を噛んでいる。それを丁寧に解く。包帯をとったはいいが、白石先生はーー
「あっ、白石先生、包帯……!」
小声でたずねると、小さく肯定する。俺は真田先生や生徒たちに気づかれないように、包帯を取り、素早く巻き直した。
「……あ、ありがとうございました」
「いいえ。だけど白石先生、この包帯が取れると透けちゃうんですか?」
「そうなんです……体が透明なんです、私」
「お、おぅ……」
体が透明なんて、ミイラも厄介だな。外森がヴァンパイアだったり、乾が狼女だったりするけど、このふたりはまだ苦手なものとかがわかりやすい。だけど、白石先生はミイラ……。ミイラについて、俺はよく知らないのだ。
ともかくテントを畳むと、宴もたけなわ。一本締めしてお開きだ。
「波久礼先生、僕、車なんですけど、乗って行きます?」
「お前……車は今日禁止だっただろ?」
苦言を呈するが、真田先生は気にしていない様子だ。
「波久礼先生が乗らないなら、白石先生や生徒を乗せて行こうかなぁ」
「ったく、そうはいけないだろ。乗って行くよ」
「そう来なくっちゃ! じゃ、みなさん、波久礼先生は僕のものってことで!」
「おいおい……まぁいいけどさ」
白石先生と生徒に挨拶すると、真田先生に連れられて、俺は駐車場まで行く。
車に乗り込むと発進させた。
「……はぁ~、今日は疲れた。車、ありがとうございます」
運転する真田先生にお礼を言う。本当はバスか徒歩で、という話だったんだが……。
「実は、体育祭に使う道具があって、僕は運ぶ係だったんですよ」
「あぁ、そう言う意味だったんですか。失礼しました」
しかし、確かに真田先生だったとしたら、助手席に俺を乗せるなんて心外だよな。俺は窓ガラス越しに外の風景を眺める。駅が近いところまで走ると、不意に真田先生は車を止めた。
「……」
ここで降りろってことかな。俺はリュックサックを手にすると、車を降りようとした。
「真田先生、ありがとうござ……っ!」
お礼を言おうとしたら、人差し指を俺の唇に当てた。な、なんだ? 俺は鳩が豆鉄砲食らったような顔をする。真田先生は勝手に続けた。
「かわいい波久礼先生が悪いんです」
「は? 真田先生、白石先生のことを狙ってたんじゃーー」
「恋愛に、フェイクは常套句でしょ。ってかーー僕、サキュバスなんです」
なっーーサキュバス、だと? サキュバスって、女じゃないのか?
俺が面食らう。息を荒げる真田先生に、俺は身の危険を感じる。真田先生より俺のほうが体格はよいのだが……何をされるかわからない。俺は真田先生から体を離した。
「っと。ともかく今日はありがとうございました。俺はここで」
「あっ、波久礼先生!」
真田先生をけん制すると、俺は今度こそ車から降りた。
ーー聞いてねえよ。男のサキュバスだぁ? こちとらただでさえ生徒たちが化け物だぞ? いい加減にしやがれ。思わずべらんめえ調にもなるわ。
「波久礼先生、僕、諦めませんからね!」
そんな声に無反応で、俺は歩いて駅に向かう。これからは真田先生にも油断できねぇんだな。俺はついため息をこぼした。




