3-2 いざ勝負!
ーーそしていよいよ体育祭当日。早朝には銃声。本日は決行。
体育祭は、クラスごとに紅白に分かれる。2-A組は赤だ。俺たち教職員は『教職員組』に分かれている。
本日の体育祭は、大学のキャンパスを借りている。生徒たちは体育の格好であるジャージで登校してきていた。荷物置き場のテントに生徒が集まっている中、俺はホームルームを始める。
「いいか! 水分補給をしっかりすること! 競技の間は適宜日陰に入っていること!」
「はーい」
クラスの生徒たちは元気よく返事する。ホームルームが終わると、準備体操だ。集合して列になると、さっそくラジオ体操に合わせて体を動かす。教職員である俺たちもだ。普段体を動かしていないからか、体が固くなっている。ラジオ体操が終わると、パンフレット通りに競技が始まる。最初は徒競走だ。乾と秋雨が出るんだったな。
「ほら、そろそろ入場だぞ」
「うん、頑張ってくるね!」
「同じ組だけど、ボクも負けないんだからね!」
秋雨はにっこり俺に微笑んで、手を振る。乾もはちまきを巻き直し、気合いを入れている。100m走、教職員のほうは主任が走るようだ。若い女の子たちと中年の、腹が出ている主任……。正直どちらが勝つかなんて想像つかない。若さだけなら生徒だけど、男のほうが早いというならわからないからな。
「あっ、宇月と葉桜出るんだ」
俺の隣に外森が立つ。徒競走の列に並んでいる乾と秋雨に、外森が手を振った。
「ーーねえ、先生。どっちが勝つと思う? 賭けようよ」
「あのなぁ、サッカーのトトカルチョじゃねえんだから……」
「いいじゃん。勝ったほうが缶コーラ!」
「おい、何を勝手に……」
「楽しいお話ですか?」
俺が苦笑いしていると、隣の救護テントから白石先生が顔を出した。
「外森が、乾と秋雨どちらが勝つか賭けようとか言ってきて……」
「それなら私も参加したいです!」
「ほら、深雲ちゃんもそう言ってるし!」
「……はぁ」
俺はため息をついた。白石先生、何を考えてるんだよ。ここは賭け事するなって止めるのが教師だろ。その上、賭博罪は犯罪なんだが……。
俺が抗議の眼差しを送っていたところ、白石先生は人さし指をぴんとさせた。
「私はーー主任に一票、かな」
「ふふん、おっさんに生徒が負けるわけないじゃん! ましてや相手は葉桜だよ?」
乾は確かに野生児……というか、狼女だからな。まぁ速くない訳がない。秋雨と乾だったら乾が勝ちそうだ。
「秋雨って、足速いのか?」
俺が外森にたずねると、首を捻った。
「宇月はわからないな。本人は脚力に自信あるみたいだったけど」
「主任、勝てるかぁ~?」
俺が笑いながら白石先生に言うと、ぷんぷんと怒った。
「波久礼先生! 同じ教職員なんですから、信じましょうよ!」
「でもな……」
よく言えば、恰幅のよい体型だ。腹をたぷんたぷんと揺らしながら走っても、一着は無理だろうよ。
俺がそんな視線を向けていることも知らず、主任はアキレス腱を伸ばし、準備運動する。徒競走での勝敗より、俺は主任がケガをしないことのほうが心配だ。俺は白石先生の顔を見た。
「主任が優勝するかどうかより、ケガしないように見たほうがよいのでは?」
白石先生は、「あーっ……」と声をあげて、手をぽんと叩いた。
「確かに言われてみたら……とは言え、それは主任に失礼では?」
「それを言うなら、主任を賭けの材料にしていること自体失礼ですから」
「うっ、確かに」
白石先生は頭を垂れる。俺たちが駄弁っているうちに、生徒たちは並んでい徒競走がスタートし始める。
何組か走った後、乾、秋雨、主任がレーンに入る。色々話していたが、一般的に見て優勝候補は、乾だろう。理由は外森が言うとおり、狼女だからだ。
「あっ、3人の番だよ」
外森が小さくつぶやく。スターターが銃を空に向ける。
「位置について。よーい!」
パァンッ! 大きい銃声がすると同時に、一斉に3人が走り出す。やはり想像通りにトップを走るのは乾だ。しかし、意外にも秋雨な乾と競り合っている。
「……嘘だろ。秋雨速いのじゃん」
俺がつぶやくと、聞こえたのか白石先生と外森が俺の声に同調した。
「ホント、狼女と対等に走るって……」
「秋雨さん、陸上か何かやってたんですか?」「そんな話は聞いてないけど。それにしても、主任は予想通りだな」
主任はというと、想像通りに腹をたぷたぷ揺らしながら、最下位を走っていた。心配していたように、転んだりはしなかったのがせめてもの救いだろう。
「ゴール! 一着は……葉桜! ってことで、深雲ちゃん、コーラね!」
「やっぱり無理でしたか」
「しかし意外だったのは秋雨だな。本当に頭ひとつ分遅れただけだったし」
「お疲れー! ボクたちの戦い、見てくれてた?」
乾が俺たちに声をかける。秋雨も一緒だ。白石先生は、外森だけではなく、秋雨と乾にもコーラを買ってくれた。まぁ、外森だけだと賭博になってしまうからな。
「……このコーラは?」
「頑張ったしるし」
「だったら主任にも渡さないと」
「……教師はなしですよ」
笑顔を向ける白石先生。意外とシビアだな。コーラをもらった3人の生徒たちは、ごくごくと喉を鳴らす。初夏の暑い中の炭酸は特にうまく感じるだろうな。
それを見ていた俺も、釣られて炭酸ソーダを自販機で2本買う。ひとつを白石先生に渡した。
「白石先生、うちのクラスの生徒が悪いな。お詫びだ」
「えぇっ! いいんですか?」
「もちろん」
ソーダを手にすると先生も嬉しそうに微笑む。それを見ていた生徒たちは騒ぎ出した。
「ひゅーっ! どさくさに紛れて何してんすか、センセイ!」
「よかったね、深雲ちゃん」
「あ、いえ、えーっと……」
白石先生は口をもごもごする。だけどそのとき、白石先生がふわりと、透明になったように見え、俺は声をあげた。
「白石先生……? あの、透明に……」
「きゃっ! すみません。油断していると驚いたときについ……」
俺は失礼して、白石先生の手に触れる。感触はあるし、一瞬の見間違いのようだった。生徒たちはコーラを飲んでいたから、気にならなかったみたいだ。
しかしーー
「ーーえ、波久礼先生が深雲ちゃんに……?」
白石先生の手をとっているところを、秋雨に見られていた。




