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 コンラート様


 グラトニー侯爵令嬢の呪いの件で、私はしばらくペクーニア侯爵領へ調査に行ってきます。間違ってもついて来ないように。

 代わりにとある下女のことを調べてください。ソフィアという赤毛の娘で、去年の冬にグラトニー領の侯爵邸で湯殿の掃除をしていましたが、行方が知れません。貴方を信じています。           シルヴィア

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「ウウッ……お、お尻痛い腰痛い肩凝ったわぁ……」


 王都からはるばる馬車に揺られて早十日。シルヴィアは、森の中にパッチワークのような田園風景が点在する長閑(のどか)なペクーニア侯爵領を訪れた。広大な領の半分以上は森林地帯らしい。


「お嬢様、もうしばらくの辛抱ですわ」


 ターニャに宥められても、痛いものは痛い。インドアな読書趣味のシルヴィアにとって、十日間の馬車旅は拷問みたいなものである。軟弱って言わないで。


 宿でしっかり休息をとった翌日。シルヴィアはさっそくハロルド様がどんぐり豚育成のために放牧契約を結んだ雑木林を訪れた。


「お嬢様、この一帯だそうですわ」


「ウウゥ……もう、歩かなくて、いいの、ね……」


 何度も言うが、シルヴィアはインドア派なのだ。身も蓋もない言い方をすれば運動不足が染み着いている。馬車から降りて、川沿いの緩やかな斜面をちょっと歩いただけで脚が悲鳴をあげる。


「この辺が豚に食わせるどんぐりの木でさぁ」


 案内人の(きこり)が言うとおり、斜面に沿ってまばらにどんぐりの木が生えている。地面の起伏が激しいわけでも、石だらけというわけでもない。川沿いには木の(さく)と石積みがあって、豚が誤って川に落ちる危険もなさそうだ。


(見たところは普通ね)


 木の柵の向こうには石積み。川を挟んで対岸にも同様に石積みと柵が設置されている。


「あら。あちら側は様子が違うのね」


 どうやら対岸の雑木林は植生が異なるようだ。木々も生えているが、あちこちに低木というか腰程度の高さの茂みが見られ、こちら側に比べて鬱蒼(うっそう)としているというか……。


「あっち側はエロー子爵領でさぁ。この川が(さかい)になってるだよ」


 (きこり)が言った。なるほど。


 と、そのとき。


 リィーーン


 シルヴィアの頭の中に鈴の音に似た澄んだ音が響いた。これは――。


(大聖女アリステアだわ)


 シルヴィアの中に流れる大聖女の血が、何かを訴えている。


(川に、何かあるの……?)


 リィーーン


 鈴の音は鳴るが、言葉は聞こえない。だが本能的にわかる。この先に「行かねばならない」何かがあるのだ。


「お嬢様ァ、あぶねぇだよぉ」


 (きこり)が声を張るが、大聖女の訴えを無視することはできない。音に促されるまま、シルヴィアは木の柵を超え、流れる水面を覗き込んだ。


(あ!)


 光を反射する流れの奥に見えた。あの花は――。


 片手で柵に掴まり、水中に揺れる花に手を伸ばす。あの花には毒がある。繁茂して水を毒で汚染する前に取らなくては。背後で「お嬢様!」とターニャが悲鳴をあげているけれど。


(あ、あと少し……きゃっ?!) 


 花に手が届く寸前で、苔むし濡れた石にズルリと足が滑る。バランスを崩して驚いたシルヴィアは、手を柵から離してしまった。


 バシャン! と大きな水柱が上がり、冷たい川の水が体温を一気に奪う。水面に上がろうにも、ドレスが水を吸って重く、シルヴィアの身体を容赦なく水底へと引っ張る。


(だ……ダメ……このままじゃ死ぬ……)


 泳がなきゃ、と自分を叱咤(しった)するも、運動不足のシルヴィアにそんな芸当ができるはずもなく。シルヴィアの意識はあっという間に押し寄せる水に黒く塗りつぶされてしまった。

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