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「猫になった?」
応接間に通されて、髪を装着した侯爵様から話を聞いたところ、やはりというか長女のウェンディ様に異変が起こっていた。
「いや、見た目は娘……人間のままなんだ。だが、突然ニャアニャアニャウニャウ泣き叫んだかと思うと、パッと窓に向かって走り出そうとしたのだ」
居合わせた侍女三人がウェンディ様を止めようとしたが、とんでもない力で振り払われ、騎士が突入して令嬢を押さえつける事態になった。
それからしばらくして、真っ黒な野良猫が屋敷に入り込んできたという。
「その猫がな……手旗信号を始めたんだ」
それで、黒猫とウェンディ様の中身が入れ替わったとわかったのだという。
(呪いだわ)
間違いなく、あのウザい夢魔の仕業だろう。
「一晩明けたらウェンディは元に……ちゃんと中身も人間に戻ったんだ。だが、また数日後に同じ事が起こった。しかも、入れ替わった猫は最初の黒猫ではなく……」
侯爵様曰わく、入れ替わる猫が毎回変わるらしい。
(うわぁ……)
つまり、呪いが発動するたび、ウェンディ様の身体に入った猫はパニックで大暴れ。家人はウェンディ様が入った猫探しでてんやわんやというわけだ。えげつない。
と、そこでふと思う。
(駄犬は何のために呼ばれたのかしら?)
シルヴィアの表情から侯爵様は疑問を察したらしい。申し訳なさそうにこう明かした。
「娘から聞いたんだ。コンラート殿は昔からいなくなった犬や猫を探すのがとても得意だったと。藁にも縋る思いで娘の捜索を頼んだのだよ」
(そうなの?!)
知らない婚約者の情報にシルヴィアは目を瞬いた。なんだかモヤモヤする。
(そ、そりゃあ、婚約当初からドジの呪いが炸裂していたから? 動物が寄りつく雰囲気じゃ……なかったし)
シルヴィアとコンラートの婚約関係は普通とはかけ離れている。呪いに邪魔されて対話さえ満足にできないのだ。だから、お互いに見えないことや知らないことがあったって仕方ない。……わかってはいる。
「サンクタ伯爵令嬢、その……」
俯くシルヴィアにグラトニー侯爵様は言いづらそうにしながらも切りだした。
「コンラート殿を呼びつけ貴女に迷惑をかけておきながら願うのも図々しいとはわかっているのだが……娘を魔眼で視ていただくことはできないだろうか」
ウェンディ様の異変は呪いだと、侯爵様も薄々気づいてはいるようだ。シルヴィアも彼女を救うことに異論はない。
「ええ、わかり」
「ちょっと待ったぁーーー!!」
了承の返事を遮って応接間のドアがバァンと開かれた。立っていたのは服を着替えたコンラートである。ただ、着替えた後で呪いが発動したのか、服はところどころ小麦粉らしき粉で汚れているし、頭には卵がいくつか命中しているし、右手にはなぜかドアノブ。そういえばさっき「メギィ」とアレな音が聞こえた気がする。
「侯爵閣下、シルヴィアの魔眼は呪いを視ることはできても、消すことはできません」
が、呪いにも負けずコンラートは言った。
「呪いには「願う人間」と「核」が必要だと聞きました。魔眼より、それらを見つけることが先です」
(あ……)
コンラートの言葉は、以前シルヴィアが彼に話した内容そのままだ。つまり、彼はきちんと覚えていてくれたのだ。シルヴィアの言葉を。シルヴィアの魔眼の能力を。
(……何よ、駄犬のくせに)
些細なことなのに、たったそれだけのことが燻りかけた不満や不安を消し飛ばしてくれる。それがちょっぴり嬉しくて、絆される自分のチョロさがちょっぴり腹立たしい。
「何より今は一刻も早く、ウェンディ嬢を見つけなければ」
コンラートが言いかけたそのとき。
「お嬢様確保ォォーーー!!」
外から、おおよそ格式高い貴族家ではまず絶対に聞くことはないだろう、へんてこな雄叫びが響き渡った。




