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コンラートの浮気疑惑の真相を知るには、当人を尾行するのが手っ取り早くて最適だ。ドジの呪いがかかっているにも関わらず、あの駄犬は律儀に同伴できない詫びを入れにサンクタ伯爵邸まで来るので、尾行自体は思いたったらすぐできる。
夜会へ向かう馬車が行き交う黄昏の王都では、春を告げるミモザに代わり、リラの花の甘い香りがひんやりと心地よい春の夜風にのって香ってくる。
(どこに向かっているのかしら……?)
婚約者が病弱で儚げな幼馴染みの娘にばかりかまけて、本来の婚約者を蔑ろにする、というのはロマンス小説でよく見る展開だけれど。
(そもそもその幼馴染みがそんなにいないのよね)
デクリナーレ子爵家は、先代が政治でやらかして蟄居を命じられたところにだめ押しとばかりに領地が洪水の憂き目に遭い、コンラートの幼少期に親しく付き合っていた家はほとんどなかった。ゼロどころかマイナスからのスタートだったのだから、さもありなんである。
「あ! お嬢様、馬車がグラトニー侯爵家のお屋敷に入ったそうですわ」
同乗する侍女のターニャが言った。なお、尾行の際は充分に距離を取り、足の速い小姓を先行させている。件の呪いは、シルヴィアとコンラートの物理的な距離が縮まると発動するため、近すぎるとドジの暴発で尾行に気づかれてしまうからだ。
しかし、行き先はグラトニー侯爵家か。
(コンラートと年回りが近いのは長女のウェンディ様だけど、少なくとも彼女は病弱ではないわね……)
彼女のことを表現するなら、どちらかというと「健啖家」の方が近い気がする。グラトニー侯爵家は同じ派閥だから、交流があること自体は不思議ではないけれど。
「まあいいわ。とにかくついて行って」
御者を促して、コンラートの馬車が門をくぐってしばらくしてから何食わぬ顔をして門番に声をかけた。
「コンラート様が我が家に忘れ物をしたので追いかけてきたのです」
適当な言い訳で屋敷に入り、取次を頼んだのだが。「少々お待ちくださいませ」と待たされたまま、門番の片割れがいつまでたっても戻ってこない。
何か、様子がおかしい。
「お屋敷の方が騒がしいですね……」
ターニャが恐る恐るといった様子でシルヴィアを見た。
「(お嬢様、よもや例の呪いが発動しているんじゃ……?)」
呪いはシルヴィアとコンラートの物理的な距離が縮まると発動する。だとしたら、ドジの暴発であちらがとんでもないことになっていても不思議ではない。
「発動していたら駄犬は真っ先にここにすっ飛んで来るわよ?」
駄犬が駄犬たるゆえに。そして駄犬がゆえにシルヴィアとの婚約は持続していると言える。そんなことを思っていると、屋敷の方からドダダダダッという騒々しい足音が近づいてきた。
「ほらね?」
「シルゥゥゥーーーー!!!」
耳慣れた奇声にズザァーーーとスライディングする音が重なり、
ゴン
「ヘブゥ?!」
何かにぶつけた音と共に両方静かになった。
馬車を降りると、池にでも落ちたのか全身ずぶ濡れな上に大量の砂をくっつけた駄犬がひっくり返っていた。ひざまずいて、ハンカチで額についた砂や泥を拭ってやるとヤツは無駄に整った顔面を幸せそうに蕩けさせた。
駄犬はシルヴィアにぞっこんなのである。
「シル」
低く耳に心地の良い無駄にイイ声――ただし若干砂が混じっている――で名を呼ばれると、心が浮つく。駄犬なのに。
「コンラート殿ォ!」
しかし、甘酸っぱい(?)雰囲気は味わわせてもらえないらしい。コンラートを追いかけてきたと思しき紳士は、雰囲気からしてグラトニー侯爵その人だろう。ただ、ちょっと公の場でお会いした時と印象が違うが。
「コンラート殿、尻に敷いている私の髪を返してくれ……」
うなだれたグラトニー侯爵は、言われてみれば頭頂部が少々……否、かなり寂しかった。




