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 静まりかえったエロー子爵邸の中を、屈強な護衛たちを引き連れてシルヴィアは呪いの痕跡を追った。魔眼の使用は体力を激しく消耗するため長くは使えない。テレーズ様を取り巻く黒い靄から伸びた蜘蛛の糸にも似た細い糸。頼りなげに揺らめくそれは、廊下を曲がり階段を上り、やがて一つの扉の向こうに消えていた。


「……テレーズお嬢様のお部屋です」


 案内につけたエロー家の侍女長が沈鬱な表情で告げた。


 扉を開けると、年頃の令嬢らしい可愛らしい家具や暖かな色調のファブリックに彩られた部屋が目に飛びこんできた。呪いの糸は寝室を通って、奥のクローゼットへ伸びている。


「鍵を開けてください」


 足を踏み入れたクローゼットの中にかかっているドレスはさほど多くはなかった。薄暗いクローゼットのさらに奥、まるで隠すように置かれたジュエリーボックスの中に呪いの糸は伸びていた。


「こちらは?」


 侍女長に訊ねると、婚約者であるオーガスト様からの贈り物であるという。小さな鍵を差しこんで蓋を開けると。


「嗚呼……お嬢様、なんてことを」


 それを見た途端、侍女長がうめくような声をあげて崩れ落ちた。

 天鵞絨のクッションの上に鎮座していたのは、ペリドットを嵌めた豪奢なネックレスにピアス、それに華やかな髪留めのセットだった。そういえば、オーガスト様の瞳の色はこんな色味だった。そして――その宝飾品にまるで縛り付けるように巻きつけられた特徴的なピンクブロンドの長い髪と、禍々しい呪符が見つかった。




◇◇◇




 物心ついた頃にはすでに、金属に触れると皮膚に異常が出る体質だとわかっていた。他の人が当たり前に使えるスプーンやフォーク、そして貴族令嬢なら誰でも使えるアクセサリーを、テレーズだけは使えなかった。


 貴族令嬢としては欠陥品だろう。宝石を嵌めたアクセサリーはステータスであるし、金属製のスプーンやフォークが使えなければお茶会にも晩餐会にも行けないのだから。


 妹のシャロンが家督を継ぐのも当然だと思った。体質はどうにもできないし、そうするしかないと納得もしていた。王都に行ける妹がちょっぴり羨ましくはあったけれど。


 だから、そんな己に侯爵家三男が求婚してくれたときには、神様が夢を見せてくれたのかと思った。


 婚約者になったオーガスト様はきっとテレーズを憎からず想ってくれている。テレーズもオーガスト様を好ましいと思った。自分はとても幸せ者だと思う。


 ただ、一点気になることがあるとすれば、オーガスト様はイマイチ女性のあれこれに疎いというか、彼の中で優先順位が低いというか……。一応、テレーズの体質のことは説明してあったはずなのに、贈り物として届いたのは、ペリドットを嵌めた豪奢なアクセサリーのセット――金属がダメなテレーズには身につけられないものだ。受け取ったときは苦笑した。


(命に関わる症状が出るわけではありませんもの。数日首元を晒せないだけですわ)


 そう、それだけなら別に良かったのだ。瞳の色のアクセサリーを贈ってくれた彼の気持ちの方がよっぽど嬉しかったから。


 けれど、グルメで有名なグラトニー侯爵令嬢の発言がきっかけで、オーガスト様はどんぐり豚事業に舵をきってしまった。もちろん「やめて」と言いたかった。けれど、それを言ったら、彼に言わなくてはならないのだ。


 彼の色のジュエリーを実は身につけられない、と。


 とても豪奢なアクセサリーだった。きっとオーダーメイドで、さぞや値段も張ったにちがいない。それを体質を理由に身につけられないと告げたら、彼はなんと思うだろう。


 急に怖くなった。


 怒るかもしれない。

 我が儘女だと思われるかもしれない。

 嫌われるかもしれない。


 モヤモヤした不安ばかりが膨らんで――それで、ふらりと屋敷に立ち寄った黒ずくめの魔術師を名乗る男の囁きに耳を貸してしまった――グラトニー侯爵令嬢さえ社交界に出てこなければ、どんぐり豚事業は頓挫するはずだ、と。


 テレーズは修道院に入れられるらしい。侯爵令嬢を害したのだから当然だ。むしろ、命を取られないだけ温情なのだろう。ただ、愛する領地にも、愛する家族にももう二度と関われなくなってしまった――。

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