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「グラトニー侯爵令嬢ウェンディ様に、呪いをかけたのは貴女ですわね」
シン、とホールが静まりかえった。
「ま、まさか……サンクタ伯爵令嬢、いくらなんでも冗談が過ぎますぞ」
凍りついた空気の中、最初に声をあげたのは、痩身で杖をついた老紳士――先代エロー子爵だった。
「この子は、優しい子です。不遇の身であるにも関わらず、腐らず、妹が家督を継ぐことになっても文句一つ言わず、自分は表に出ず領地を支えると」
カツン、カツンと杖をついて、先代エロー子爵は訴えかけるようにシルヴィアたちを見た。彼の後ろでテレーズ様は俯いて何も言わない。ただ、華奢な肩が小刻みに震えていた。
「不遇の身、というのは……テレーズ様が金属アレルギーでいらっしゃること、ですわね?」
エロー家側の人々が息を呑む。幾人かは、シルヴィアに非難がましい眼差しを向けてきた。主家の令嬢のセンシティブな事情を明かすなと言わんばかりに。
(金属アレルギーだから、テレーズ様は長女なのに家督を継げなかった……)
女子爵ともなれば、王都での社交は必須である。そして、昼の社交でも夜の社交でも金属――フォークやスプーンの使用を避けるのは無理である。
(アレルギーの症状は、金属が触れた部位にできる赤みや水ぶくれ。それが口許に出れば目立つし、化粧や扇で隠すにしても限度があるわ)
伝統の刺繍細工や陶器工房に力を入れるように計らったのは、テレーズ様とシャロン様のお二人だという。金属アレルギーのテレーズ様でも貴族令嬢らしく着飾り、不便を見えなくするために。そしていつか、テレーズ様が王都の社交界でも堂々と過ごせるようにするために。
「今、空前の養豚ブームが起ころうとしておりますの。かのグラトニー侯爵令嬢ウェンディ様がどんぐり豚を絶賛なさったとの噂に、目ざとい商人や貴族が飛びついたのですわ」
ヴァネッサ様が無表情で固まるペクーニア家の面々に視線を向けた。
「豚を森に放牧して、どんぐりを食べさせればお肉がとても美味しくなる。ウェンディ様が絶賛なさった食材なら飛ぶように売れるだろう――でも、豚はどんぐりだけを選んで食べてくれるわけではありませんの。土を掘り返し、柔らかな植物や虫も餌にしますし、その過程で木の根を露出させ幹を傷つけ、枯らしてしまいますの。もちろん、たかだか数頭を放牧するくらいなら、大した影響はありませんけれど」
数十頭レベルの放牧なら、話は変わりますわ。
「過去に、豚の放牧が遠因で災害や訴訟に発展した事例はいくつもありましたわ。川沿いでの放牧は特に」
ヴァネッサ様はそこで話を切って、立ち竦んだままのオーガスト様と、険しい表情で杖をつく先代エロー子爵に目をやった。
「あなた方、先の見通しはどのように立てていらして?」
ヴァネッサ様の口調は、優雅で穏やかそのものだ。だが、両者を見る目は笑ってはいない。
「オーガスト様は、新事業が婚約者の家の産業を脅かすとはお思いにならなかった? エロー家の先代様、経験豊かなはずのあなた様は豚の放牧事業の危うさをご存じなかったのかしら? 本当に?」
痛いほどの沈黙が落ちた。その様子を見るに、知らなかったわけではないのだろう。
(きっと……目先の利益を優先したのね)
売り先が限られている刺繍細工やライバルの多い陶器事業よりも、食肉業の方が短期に巨利を生むと考えたのだろう。領主としては、それも一つの選択ではあるのだろうけれど。
森林は一度破壊すると簡単には復活しない。資源を食い潰し、将来の災害リスクを高めることを重く見た陛下は、規制を厳しくする方向に舵取りするらしい。今はまだ調整中だが、おそらく養豚熱は早々に下火になるだろうと、無駄に有能な駄犬が例の下女の身辺調査ついでに教えてくれた。
とはいえ。
侯爵令嬢に悪質な呪いをかけたテレーズ様には罰を与えねばならない。それに呪いの核も彼女が持っているはず。核と成りうるのは「願い」に直結するもの。テレーズ様の心に影を落とすナニカを突き止めねばならない。
「ただいまより、テレーズ様の身柄はわたくしが預かりますわ。シルヴィア様が呪いの核を探しだすまでは、どなたもここを動かれませんように」
ヴァネッサ様の一声で、彼女の後ろに控えていたお付きの者達が素早く動いてテレーズ様を拘束し、ホールから連れ出した。テレーズ様はただ無言で、抵抗することなくそれに従った。
金属アレルギーって症状が出るまでにタイムラグがあるのです(触れてから24~48時間後。症状のピークは48~72時間後と言われております)。なので、予測して対処は難しいと思われます(´・ω・`)




