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呪いには「願う人間」と「核」が必要だ。
(「願う人間」は、きっと彼女だわ)
彼女になら動機がある。あの雑木林……否、ペクーニア侯爵領内での豚の放牧に誰よりも、刺繍細工や陶器工房の存亡の危機を、聡い彼女は感じ取ったはずだから。
刺繍細工に使う糸は、エロー子爵領内で染色していると言っていた。染色には綺麗な水がたくさん必要だ。もし、母が危惧するように、豚の放牧がきっかけで川沿いのあの雑木林が裸地になれば、雨で土砂が川に流れこみ、たちまち川の水は泥水になるだろう。染色に使えなくなる。染色の工房はあの雑木林より少し下流にあるという。木の柵と低い石積み程度では土砂の流入は防げまい。
陶器工房には、器を焼き上げる窯と窯を稼働させるたくさんの薪が必要だ。その薪の大半を、エロー子爵はペクーニア侯爵領から買い入れている。森林地帯が減れば、当然それらも滞る。
それから――。
彼女には今、とある縁談が持ち込まれているという。
(お相手は、ペクーニア侯爵家三男オーガスト様。結婚後は侯爵様の持つ従属爵位を継いで伯爵になられるご予定。そして……)
オーガスト様こそが、呪いの標的であるウェンディ様の婚約者ハロルド様と豚の放牧契約を結んだ張本人である。
と、そこへ。
「お嬢様、コンラート様からお手紙が」
ターニャが銀盆に手紙をのせて部屋に入ってきた。
◆◆◆
「まあ……まあ……クローネ公爵令嬢様、サンクタ伯爵令嬢様、ようこそいらっしゃいませ……!」
シルヴィアを含めたくさんのお付きの者を引き連れてエロー子爵邸を訪問したヴァネッサ様を見て、シャロン様とテレーズ様は恐縮しながらも二人をホールへ招いた。
テレーズ様は見事な赤髪をハーフアップにして、大ぶりのリボンを飾っている。シャロン様の方は結い上げた濃い茶の髪に、控えめながら品の良いパールを連ねた髪留めを挿していた。こうしてみると対照的な姉妹だ。
今回の訪問は、表向きはシャロン様のデビュー祝い。あらかじめ訪問予定を伝えてこともあり、エロー家は急遽歓迎のパーティーを開いてくれた。案内されたホールには、姉妹の他に親族だろうか。品よく着飾った老夫妻や彼らと雰囲気がよく似た人々が集まっていた。その中には、ペクーニア家の人々の姿もある。
公爵令嬢であるヴァネッサ様と魔眼持ちのシルヴィアの名を出せば、権力者――領政に関わる面々が集まるのではないかと踏んだが、狙い通りに運んだようだ。
「シャロン様のデビュタント、まことにおめでとうございます。ご紹介されたティーセットがとても素敵でしたわ」
たおやかに笑むヴァネッサ様に姉妹は感極まったように目を見合わせ、嬉しそうな笑みを浮かべた。
パーティー会場のテーブルには、話題の白い陶器シリーズが誇らしげに並んでいた。
「紹介しますわね。私の友人で、大聖女アリステア様の末裔でいらっしゃる、サンクタ伯爵家のシルヴィア様よ。大聖女様から受け継いだ魔眼をお持ちなの」
あえて「大聖女の末裔」「魔眼持ち」を強調して、ヴァネッサ様がシルヴィアを紹介する。事前の打ち合わせ通りに。
「おお、貴女様がかの有名な……。こんな機会などめったにない。ぜひ、我々を視ていただきたいものだ」
案の定というか、恰幅のよい壮年の紳士がそんなことを言いだした。
「そうですわね。実は孫がデビュタントを果たし、素敵な縁にも恵まれましたのよ。せっかくだから、ぜひ視ていただきたいわ」
そう口にしたのは、姉妹の後方にいた老婦人である。孫、ということは先代の子爵夫人か。目鼻立ちのはっきりした顔立ちには、テレーズ様に通じるものがあり、大粒のガーネットをあしらった宝飾品が彼女をより華やかに見せている。
老婦人の言葉に押されて、姉妹は恐縮したように前に出た。彼女たちはきっとシルヴィアの魔眼の力を知らないのだろう。二人とも特に警戒した様子は見られなかった。
「ああ、ではぜひ私も」
彼女たちの横に背の高い灰青色の髪の青年が進み出た。どうやら彼がペクーニア家三男で、エロー家と縁談の話を進めているオーガスト様のようだ。
「実はこれから新たな事業を始めようと考えていてね。ここで大聖女様の子孫の方にお会いできるとは、実に幸先が良い」
(新たな事業……どんぐり豚事業のことね)
彼はどれくらい、この事業のリスクを考えたのだろうか。
「まあ! そのようにご評価いただけるなんて光栄ですわ。では、さっそく視させていただきますわね……【清浄なる天界の泉 淀み赦さぬ真実の水面よ 今こそ我に宿り 潜み隠るる邪悪を視せよ】」
シルヴィアの元は琥珀色の瞳の片方が、透き通るような蒼に色を変える――魔眼が発動したのだ。
(ああ、やっぱり……)
予想はしていた。コンラートが、グラトニー侯爵家に潜入し、ウェンディ様の髪の毛を持ち去った侍女がこのエロー領出身の者だということを突き止めた。けれど――。
(やりきれないわね、断罪というのは)
魔眼によって視えた呪いの源――黒い靄がエロー家の姉妹のうち姉の方――ゴージャス系美女のテレーズ様を取りまいて、彼女のシルエットを真っ黒に塗り潰していた。
「エロー伯爵令嬢テレーズ様、貴女」
シルヴィアはまっすぐ彼女を見つめた。
「グラトニー侯爵令嬢ウェンディ様に、呪いをかけたのは貴女ですわね」




