8
結局、呪いについて決定的な手がかりは掴めないまま、シルヴィアは一度王都に戻ることになった。屋敷に戻ると珍しく普段は領地にいる母の姿がある。侍女長と何やら話していた母は、シルヴィアの姿を認めると、テーブルの上に開いたままのジュエリーケースをしまうように侍女長に言いつけた。垣間見えたケースの中には、大粒の宝石をあしらったネックレス。あれは正装用のジュエリー……?
「シルヴィアちゃん、出かけていたの?」
母――サンクタ伯爵夫人は、領地で家政の采配をふるっているため、王都に出てくるのはシーズン半ばの夜会の時くらいなのだ。そんな母と軽い抱擁とキスをして。
「ええ。お母様こそ、ずいぶん早いお戻りですが……。領で何か問題でも?」
「そうそう、それよ。ねぇ、シルヴィアちゃん。王都のトレンドが養豚って本当なの?」
開口一番、そんな質問をぶつけられたシルヴィアは目をパチパチと瞬いた。
「どんぐり豚っていうの? 豚を森に放してどんぐりを食べさせると売れるからって、悪徳商人がウチの領民を言いくるめて森のある土地をあっちこっち買い取ろうとしていたのよ」
「え、ええっ?!」
母からもたらされた情報に、シルヴィアは目を白黒させるばかりだ。え? どんぐり豚ってペクーニア侯爵領だけの話じゃなかったの?!
「もちろん、土地買収は阻止したわ。豚の放牧も断った」
はぁーとため息を吐いて、母はやや前のめりでシルヴィアに訊ねた。
「で、だあれ? 養豚ブームの元凶は」
◆◆◆
(なんだか、話が思わない方向に飛躍したわね……)
母曰く、豚はどんぐりを食べるだけではなく、地面を掘り起こして、昆虫や柔らかい植物の芽まで食べ尽くしてしまうらしい。また、その過程で樹木の根を掘り起こしたり、幹を傷つけて枯らせてしまうことがあるのだという。
「豚が荒らして木や植物を枯らせて、裸地になった場所に雨が降ると土砂崩れが起こる。最悪、土砂が川をせき止めて洪水を起こしたり、鉄砲水の原因にもなるかもしれない。糞尿だって垂れ流しでしょうし」
(まさか、そんな大変なことになるなんて……)
正直なところ、シルヴィアは豚の放牧は呪いの原因ではないと思っていた。樵は、冬前に豚にどんぐりを食べさせることは別段珍しいことではないと言っていたから。
しかしそれを母に言うと、
「そりゃあ、農夫が手持ちの豚をたかだか数頭森に放したところでそこまでの事態にはならないわよ。でも、事業化するってことは、数十頭規模の放牧でしょ?」
悪徳商人の一件で危機感を覚えた母は、陛下にこの件を上奏するためにわざわざ王都まで出てきたのだ。なお、その後は近隣領の奥様方と情報共有と注意喚起のためのお茶会を開くと息まいていた。
(もし、数十頭規模の豚が放牧されたら、あの雑木林はどうなるんだろう……?)
斜面沿いにまばらに生えていた木々の葉がいい具合に木陰をつくり、でも完全に日差しを遮るわけでもない。足許には名も知らぬ草花が緑の絨毯を作っていた。そして、斜面の向こうには、川がある――。




