考える人
「ねえ、せっかくだしさ! 主将就任祝いしようよ! 駅前のカラオケとか行ってさ!」
朝の教室、実夢が楽しそうに言う。
「俺、あんま歌えないけど、いい?」
「慧介くんはいつも通りでいいよ。あたしと想空で盛り上げればいいし、ね!」
「え? 俺、祝ってもらう立場なのに、盛り上げ役?」
「いいじゃんいいじゃん、別に!」
何だよそれ、と思いながらも、そうやって明るく言ってもらえると、プレッシャーを少しだけ忘れられそうで。応援してくれる奴らがいるというのは、本当に心強い。
「で? 想空さんは、どんな主将になるのが目標ですか?」
「どんな? ……どんなだろ?」
そういえば俺は、どんな主将になりたいのだろう?
主将である以上は、みんなから一目置かれる存在にならなければと思う。練習ではみんなを盛り上げ、試合でも活躍し、チームを引っ張っていけるような。
そんな理想の主将。
それが、「空想」でしかない事。
自分でも分かっている。
「現実」の自分とは、程遠い「空想」
「まーた『考える人』だ。真面目だよね、想空って」
「え…… ああ、ごめん実夢」
俺は事ある毎に考え込んでいる、とよく言われる。
自分でも、自覚はある。
でも、それが悪い事だとは思っていない。
空手の試合でも、常に考えて戦うことを意識している。
力でも速さでも勝てない相手には、頭を使って戦う。時には、定石を無視した動きで、自分のペースに引きずり込む。
格上の選手が相手だとしても、勝つ事は諦めない。
ふと気がつくと、始業時間が近づいて来ている。
「想空、お前、今朝当番じゃね?」
「え、まずいじゃん!」
「ごめん! ちょっと職員室行ってくるわ!」
当番は、朝の配布物を取りに行かなければならない。
俺は慌てて、職員室へと急いだ。怒られない程度に小走りで廊下を駆け抜けて、その先を曲がれば……
「おはよ、藤澤くん」
後ろから聞こえた声に、俺は思わず立ち止まった。
振り返らなくても、誰だか分かる。
小さく深呼吸して、心を落ち着けて。
「押忍、おはようございます」
平静を装って、振り返る。
胸の高鳴りを、悟られないように。
「フフフ…… ここでは押忍はやめようよ」
岩佐先生が、微笑みながら言った。確かに、こんなところで「押忍」は、少し変かもしれない。
「今日は当番?」
「はい、ちょっと配布物を取りに」
「たくさんあるの? 手伝おっか?」
「あ、ありがとうございます! でも大丈夫です、これくらい1人で……」
「いいよ、手伝わせて」
結局、教室まで一緒に配布物を運ぶことになった。成り行きとは言え、岩佐先生と2人並んで、廊下を歩いている。
何だか、幸せだ。
「私ね、金曜日のホームルームでみんなの前でスピーチしなきゃいけないんだ」
「え、楽しみなんですけど。もう何を話すか決めてるんですか?」
「全然。何も思いつかなくて。藤澤くんは、どんな話がいいと思う?」
「えっと…… そうですね……」
先生の話なら、聞きたい事は山ほどある。
ホームルームで話すのであれば、真面目なテーマの方がいいだろう。森村先生も、見ているだろうし。
いや、でもみんなの興味を引けるのは、やはり……
「藤澤くん?」
「え…… あ、すいません。ちょっと考え込んじゃって」
「ありがと、一生懸命考えてくれてたんだ」
また、「考える人」になってしまっていた。
でも、先生にお礼を言ってもらえたし、まあいいか。
教育実習生は、授業以外にもいろんな事をする。
例えば、ホームルームでスピーチしたり。まあこれは、完全に森村先生の趣味なのだろうけれど。他には、クラスの雑用を手伝ったりもする。
今朝、俺が運んできた紙の束の中には、先週やった小テストも入っていたらしい。その返却を、岩佐先生が担当することになった。
「藤澤想空くん」
「はい」
手渡されたテストの点数を見て、いくらか胸をなで下ろした。良い点、とまでは言わないが、とりあえず恥ずかしくない程度の点数。
「水谷紗希さん」
「あ、岩佐先生。『水谷』さんです」
「はい、すいませんでした。水谷紗希さん」
テストの返却が続く中、俺はまた考えていた。
岩佐先生は、まだこのクラスに来たばかり。最初は、いろいろと苦労する事もあるかもしれない。
何か、手助けできないだろうか。
自分が岩佐先生の立場になったとしたら、分からない事、不安な事、たくさん出てくると思う。
でも、何をすれば……?
「おい藤澤、聞いてるか?」
「は、はい!」
「『考える人』も、大概にしとけよ」
クスクスと、教室に笑いが広がる。
森村先生にまで、言われてしまった。
この癖、やはり直したほうがいいのかもしれない。




