晴れ女
「はぁ!? 想空が次期主将!? マジで!? 何かの間違いじゃなくて!?」
「へぇ…… 頑張れ」
放課後、空手部の練習に向かう途中。
次期主将に選ばれた事を、実夢と慧介に話してみた。
返ってきた反応は、何というか、予想通りで。
実夢、そんな騒がなくていいし。
慧介、もうちょっと騒げ。
「でもさ、なんか不思議な気分だよね。想空が、次の主将なんてさ」
実夢は、ニヤニヤと笑いながら、妙に楽しそうだ。
「俺も同じ。まだ実感ないって」
それは、今の俺の正直な気持ち。
もうすぐチームの中心になる。そんな事は、まだ全く想像ができない。分かっているのは、これまでと同じでは駄目だという事だけだ。
今までは、自分自身が強くなる事だけを考えていれば良かった。でも、これからはそういうわけにいかない。チーム全体の事を考えて、動かなければならない。
俺にできるのだろうか?
「ニヒヒ…… なんか楽しみ。想空が、どんな風に練習仕切るのかなって」
「実夢、それな」
「プレッシャーかけて来んなって!」
実夢も慧介も、気楽なもんだ。他人事だと思って、好き勝手言ってくる。
でも、俺は選んでもらったんだ。
選ばれた以上は、期待に応えなければならない。
そうやって、必死に自分を鼓舞する。
「にしても、雨ばっかだな」
「梅雨だしね。土曜日は晴れてたのにね」
慧介と実夢の何気ないやり取りが、俺に土曜日の出来事を思い出させた。そういえば、土曜日は、梅雨とは思えないような晴天だった。
「代替わりの日は、晴れたらいいけどな」
「本当だね。うまく、晴れの日に当たればいいのに。でも、あたし晴れ女でもないしなぁ……」
そうか、「晴れ女」か……
「岩佐先生、『晴れ女』っぽいんだけどな……」
「え、なんで?」
俺が何気なく呟いた言葉に、実夢が食いついてきた。
「しまった」と思ったけれど、もう遅い。土曜日の事を思い出していたから、思わず口から出てしまったのだろうか。
「ほ、ほら、先生の名前がさ。『青く晴れる』で『青晴』だしさ。なんか『晴れ女』っぽいなって」
「ふーん……」
実夢は、少し怪訝そうな顔。
「『青く晴れる』なんだ。てっきり『青い葉っぱ』だと思ってたけど。慧介くん知ってた?」
「いや、俺も『葉っぱ』の方だと…」
「想空、物知りだね」
もしかして、変に思われたかもしれない。
そう思ったけれど、実夢がそれ以上は何も聞いてこなかったので、俺は密かに胸を撫で下ろした。
岩佐先生が空手部出身だという噂は、瞬く間に広まった。今日は武道場の周りに、何やら見物人らしき奴らまで来ている。
さすがに、注目度抜群だ。
だからと言って、俺たちまで一緒になって、騒ぐわけにはいかない。武道場の入り口に立つと、自然と気が引き締まる。
「押忍!」
しっかりと帯を締め直し、一発、気合を入れる。
「藤澤くん、今日も気合入ってるね」
早速、笹本先輩が話しかけてきた。
「今日から少しずつ、練習の進め方とか教えていくからね。どんな風にやってるか、しっかり見といてよ」
「押忍、ありがとうございます」
「ま、気楽に行けばいいよ。何とかなるからさ」
笹本先輩の声は、いつものようにとても穏やかで。この人に「何とかなる」と言われると、本当に何とかなりそうな気がしてくるから不思議だ。
練習が始まった。
まずは準備体操と、アップで武道場の中を10周。もし晴れた日なら、外を走るらしい。その後は、正拳突きや蹴りといった基本稽古を50本ずつ。流れを、しっかりと頭に叩き込んでいく。
これからは、俺がこの練習を仕切らなければならない。20人を超える部員を、引っ張って行かなければならない。
笹本先輩のように、うまくできるだろうか。
「止め!」
ふいに、笹本先輩の声が響く。みんなが練習を止めて、武道場の入り口を向いた。
「岩佐先輩に礼!」
「押忍!」
そこに立っているのは、空手着に着替えた岩佐先生。いや、今は岩佐先輩だ。動きやすいように髪を後ろで結び、表情は凛として、どこか芯の強さを感じるような。
今の岩佐先輩は、教室での教育実習生としての姿とも、土曜日に神社で出会った時の姿とも違う。また、新しい一面を見る事ができた気がして。
どれが、本当の先輩の姿なのだろう?
「想空? 何ボーっとしてんの?」
「え? え、別に……」
実夢の声で、俺は我に返った。
やばい。
今、完全に見惚れていた。
俺は何をやっているのだろう。
しっかりしろ次期主将!




