岩佐先生
「一期一会」
その出会いは、一生に一度のものかもしれない。
だからこそ、大切にしなければならない。
昔の人は、良い事を言ったと思う。
月曜日。朝からあいにくの雨。
梅雨の時期だから、仕方ないのだけれど。
でも今日の空は、どこか今の自分の気持ちのようだ。
どんよりと曇って、重々しくて。
もう、会えないのだろうか……
「起きてるかぁ?」
「うわっ! 耳元で言うなって!」
いきなり後ろからかけられた声に、俺は思わず椅子から転げ落ちそうになった。
「いや、てっきり寝てるのかと……」
声の主は、的場慧介。俺の空手部仲間だ。俺のすぐ後ろの席に座ると、右手で口を隠しながらあくびを1つ。
と思ったら、さらに大きいのをもう1つ。
寝てるのはどっちだよ。
「そういやさ、今日から教育実習だな」
「そうか、今日からだっけ」
すっかり忘れていた。今日から、うちのクラスに教育実習生が来るらしい。なんでも、担任の先生の昔の教え子だとか。
「噂だけど、女の人でかなり美人だってさ」
「へぇ……」
そんな噂もあって、朝から教室は、主に男子を中心に色めき立っている。そんな中、何だか他人事のように、俺の気持ちは盛り上がらなかった。
「ん? 興味ないか?」
「そうじゃないけど…… 慧介だってあんまりテンション上がってないじゃん」
「いやまぁ、俺はさぁ……」
慧介は別の高校に、中学から付き合っている彼女がいる。他の女の人の話で、盛り上がっているところを見た事がない。
凄いな。本当に一途だな、お前。
前はそう思っていたけれど、今ならその気持ちも分かる気がする。本気で気になる「誰か」がいれば、それ以外の人の事なんて、興味が湧かなくなる。
「想空は、どんな人が来ると思う?」
「案外、実夢みたいな人が来たりして」
「来たみたいだぞ」
「え、教育実習生もう来た?」
「いや、本人」
「そう、本人!」
振り返ると、そこにいたのは、永山実夢。隣のクラスの女子で、こいつも俺の空手部仲間だ。
「うす。朝からどうした?」
「なんかさぁ、そっちのクラスに美人の教育実習生が来るって、うちのクラスの男子まで噂してて。だから、ちょっと偵察に」
「わざわざ?」
「だって、気になるじゃん!」
ただの野次馬根性。
そんなに、大騒ぎするような事だろうか?
そう思ってしまうのは、俺が他の「誰か」の事ばかり考えているから、なのかもしれないけれど。
「つまり、想空はあたしみたいな人に来て欲しいわけ?」
「あ、いや、遠慮しとく……」
「えー、なんで?」
「だって、実夢みたいな人が2人もいたらさ……」
「はぁ!? 何それ!?」
そう言って、実夢は自分の両拳を俺のこめかみに押しつけると、グリグリとねじ込んでくる。実夢を怒らせると、待っているのは大抵、この手の拷問行為。
「おい慧介! 助けろって!」
「あー、実夢、中指の第2関節立てたら、もっと効くぞ」
「やめろって! 刺さる! 死ぬ!」
俺たちの日常は、いつもこんな感じだ。
誰よりも気の置けないメンバー。この3人で馬鹿やっている時間が、なんだかんだ一番楽しい。
始業のチャイムが鳴って、実夢が慌てて自分の教室に帰っていった。教室の扉が開き、担任の森村先生が入って来る。
「はい、みんな座ってくださいねー! おはようございます。今日はあいにくのお天気ですね……」
お決まりのような、退屈な朝の挨拶。「そんなのいいですから、早くして下さいよ」という、みんなの視線をまるで気にする様子も無く。
「さて、今日はみんなに紹介する人がいます。この学校の卒業生、今日から2週間、教育実習生として、みんなと一緒に頑張ってもらいます」
期待の込められたどよめきが、教室に巻き起こる。
みんなの視線は、教室の扉に釘付けになった。
一体、どんな人なのだろう?
その時が来ると、俺もにわかに興味が湧いてくる。
「岩佐先生、入ってきてください」
その名前を聞いた瞬間、俺の心臓が大きく波打った。
教室の扉が開く。
そんな偶然が、あるわけがない。
たまたま同じ名前、というだけかもしれない。
でも、神社で願い事を聞いた、あの時。
「今は秘密」は、「次がある」という意味にも取れる。
ほんの一瞬の間に、いろんな考えが頭の中を駆け巡って。
「岩佐青晴です。今日から2週間、お世話になります。よろしくお願いします」
答え合わせ、どころじゃなかった。
これからどうしよう、という戸惑い。
俺の事を覚えてくれているか、という不安。
それよりも、また会えた、まだ終わりじゃないという……
頭の中で、いろんな感情がめちゃくちゃに掻き回されて、今まで経験した事が無いくらいに盛り上がっていく。
岩佐先輩、いや、岩佐先生が、すぐ目の前にいる。




