約束 〜実夢vs青晴〜
「お互いに、礼!」
「押忍!」
「押忍!」
武道場の中央で、実夢と青晴さんが対峙した。
赤井先輩との組手が、俺の頭をよぎる。
あの時感じた、緊張と高揚感が混ざったような気持ち。実夢も今、同じように感じているのだろうか。
「実夢、ファイト!」
「思い切って行けよ!」
俺の声に呼応するように、慧介も声を張り上げる。武道場の盛り上がりが最高潮に達したその時、笹本先輩の声が響いた。
「始め!」
開始の合図とともに、実夢が前に出た。得意の蹴り技を中心に、積極的に攻撃を仕掛けていく。柔らかい身体を最大限に活かし、次々と繰り出される左右の蹴り。
予想外に、青晴さんは防戦一方。
もしかして、このまま勝ってしまうのだろうか?
そんな甘い考えは、あっさり吹き飛ばされた。
実夢の攻撃がわずかに途切れた隙を逃さず、青晴さんの鋭い蹴り。そこからさらに、多彩な蹴りが次々と放たれる。
初めて見る、「青鬼」の本気。
武道場に歓声が上がる。
今度は実夢が、防戦一方だ。
「おい、岩佐! 落ち着けよ!」
赤井先輩の声が飛ぶ。
「どういう事ですか?」
「岩佐は普段、あんな戦い方しねえよ。お返しみたいに、蹴りばっか使ってよ。後輩相手に、何ムキになってんだか」
ムキになっている? 青晴さんが?
そう思った瞬間、猛烈な上段蹴りが実夢を襲った。かろうじて防いだものの、恐怖を感じる程の蹴りの鋭さ。思わず、実夢の足が止まる。
「実夢! 止まるな! 動け!」
俺の声に、我に返ったように実夢が動く。
まだ戦える。まだ諦めない。
まだ、試していない技がある。
「絶対に決める」と、約束した技。
実夢が再び前に出る。青晴さんも応戦し、2人の間合いが詰まった。この間合いでは、お互い蹴りは出せない。
青晴さんも、そう思ったはずだ。
次の瞬間、観衆から驚きの声が上がった。
実夢が上半身を前に倒すと同時に、背中越しに、ありえない軌道で右足の蹴りが飛んでいく。
驚異的な柔軟性を持つ実夢だからこそ、使える技。
そして、おそらく誰も予想していない「初見殺し」
「サソリ蹴り」
そんな技でさえ、青晴さんは躱した。
これが、一夜漬けの限界なのだろうか。右足は空を切り、実夢はバランスを崩した。その隙を、青晴さんが見逃すはずはなかった。
鮮やかな逆転劇に、驚きの声は拍手へと変わった。みんなが青晴さんに歓声を送る中、実夢が戻ってきた。
「ごめん…… 約束守れなくて……」
「何言ってんだよ。頑張ったろ」
元気づけるように、俺は実夢の肩を2回叩いた。
今の俺は、実夢の味方だから。
「良くやったって」
だから、今は側にいる。
実夢の側に。
代替わりが終わった後の武道場は、少し前までの賑やかさが嘘のように、静まり返っていた。
あの後、初めて主将として練習を仕切るはずが、赤井先輩のシゴキが始まってしまった。全員が疲れ果てて、「今日は早く帰ろう」となって。
俺にとっては、好都合だった。
1人で待つことができる。
武道場の前、校舎の入り口が見える場所で、薄暗くなっていく空を見上げながら考える。
きっと、これが最後のチャンス。
このまま終わりになんてしたくない。
勇気を出せ、勇気を……
「わ!」
後ろから肩をつかまれ、俺は驚いて振り向いた。
「想空くん、まだ帰ってなかったんだ」
そういえば、前にもこんな事があったっけ。あの時と同じ、まるで気配も無く。
「あ、あの……」
頭が真っ白になる。
とにかく何か話さないと。
「青晴さん、さっきの組手、凄かったですね。初見でサソリ蹴りを躱しちゃうんですから」
「あぁ、あれはね…… ちょっと…… ズルしちゃったかも」
違う。
俺が話したいのは、こんな事じゃない。
「エヘヘ…… 私も、負けたくなくなっちゃったのかなぁ……」
ちゃんと伝えなきゃ、絶対に後悔する。
「あ、あの!」
「私ね、明日の夕方に京都に帰るんだけど……」
俺の声に被せるように、青晴さんが話し始めた。
「最後にもう1回、絵馬を書こうと思ってるんだ」
「絵馬…… あの神社ですか?」
「うん」
どうして、そんな事を教えてくれるのだろう。
鼓動が、どんどん速くなっていく。
「また、いつもの時間、ですか?」
「うん、いつもの時間」
お互い、それ以上は何も言わなかった。
言ったら、壊れてしまいそうな気がして。
言葉にならない、約束。




