味方
「それでは、ここからは新主将である藤澤くんに、進行をお願いしようと思います。よろしくね」
笹本先輩に促され、俺はみんなの前に出た。
これが、主将としての初仕事。
やばい、緊張してきた……
「押忍…… すいません、次は……?」
「岩佐先輩の組手だよ」
「お、押忍、ありがとうございます」
やばい、やばい、やばい!
頭が真っ白だ。
「あ…… 岩佐先輩は、今日が教育実習の最終日という事で、組手に参加していただくことになりました」
今も、思わず「青晴さん」と呼んでしまうところだった。いきなり下の名前で呼んだりしたら、みんなに変に思われる。
大きく深呼吸して、心を落ち着ける。
主将はもっと、どっしりと構えていないと。
「では、岩佐先輩、一言ご挨拶をお願いします」
「押忍」
青晴さんが前に出ていくと、武道場にどよめきが起こる。無理もない。ここに見に来た奴らのほとんどが、普段の先生としての姿しか見た事がないだろうし。
「今回、久しぶりに空手部に戻って来れて、とても楽しかったです。私の事を覚えてくれていた部員の方もいて、教育実習中も『自分は1人じゃない』と思うことができました」
青晴さんの言葉に、静かに耳を傾ける。
母校での教育実習と言っても、実習先のクラスは知らない生徒ばかり。口には出さなくても、不安もたくさんあったはずだ。そんな時に、空手部が心の支えになっていたのなら、とても嬉しく思う。
俺も、なれていただろうか。
青晴さんの支えに。
「あと、次の主将になる藤澤くん。組手の結果は残念でしたが、これから部を引っ張って行こうという決意、覚悟は十分に伝わりました。応援していますので、頑張ってください」
「お、押忍! ありがとうございます!」
まさかの、俺に向けたメッセージ。
こんな風に言われたら、頑張らないわけにいかない。
背筋を伸ばし、改めて気合を入れる。
「では、岩佐先輩の対戦相手は、立候補を募りたいと思います。誰か、立候補したい人はいますか?」
いよいよ、青晴さんの組手だ。
俺は、武道場を見回した。観衆の中にふざけて手を挙げている奴もいるが、それは放っといて。
誰が手を挙げるか、それはもう分かっている。
「お願いします!」
その声に、武道場がどよめく。みんなの視線を一身に集めながら、実夢が前へと進み出た。
もう一度、武道場を見回す。
他に立候補者はいない。
「では、岩佐先輩の対戦相手は、永山さんに決定します。では両者、準備をお願いします」
「へへ…… どうしよ想空。なんか緊張してきた」
「大丈夫だって! あんなに練習したろ?」
「うん、もうやるしかないしね!」
実夢を勇気づけるように、声をかける。青晴さんに負けたままで、このままで終わりたくない。その思いは、誰よりも知っているつもりだ。
「リラックス! いつも通りな!」
慧介も実夢に声をかける。いつも通りの力を発揮できれば、きっと戦えるはずだ。相手が「青鬼」だとしても。
武道場の真ん中に、青晴さんがゆっくりと歩を進めた。
もう、さっきまでの青晴さんじゃない。これから戦いに向かう、そんな気迫にあふれている。
よく考えれば、俺は本気の「青鬼」をまだ見た事がない。
赤井先輩と並び称されるほどの実力者、その片鱗をいくつも見てきた。青晴さんは、どんな組手を見せてくれるのだろう。
「岩佐先生! ファイトです!」
不意に、観衆から声が飛んだ。
「頑張れ、先生!」
「僕らがついてますよ〜!」
青晴さんを応援する声が、徐々に大きくなっていく。ここに見に来た奴らは、ほとんどが青晴さん目当て。当然、青晴さんの応援に回るだろう。
だとしても、この雰囲気は……
「何これ…… 完全に敵地じゃん……」
実夢が、不安そうな表情に変わる。
みんなが青晴さんの勝利を望んでいる。そんな中で、戦わなければならない。その重圧は相当なものだ。
「心配すんな! ちゃんと味方いるからな!」
俺は、後ろから実夢の両肩を掴むと、周りに聞こえるくらいに声を張った。
「ありがと…… やっぱ、想空の声って力もらえるよ」
少しだけ、震えているのが伝わってくる。
それでも実夢の眼は、まっすぐ前を見据えている。
ここにいる全員が敵に回っても、今の俺は主将として実夢の味方だ。だから、全力で実夢の背中を押す。
たとえ、相手が青晴さんだとしても。
「言って来い! 実夢!」
「押忍!」
「青鬼」への挑戦が始まる。




