勝ちに行け 〜想空vs赤井〜
「赤鬼」と呼ばれた選手と、空手部次期主将の対決。
青晴さん目当てで集まった観衆も、どよめき始めている。
これは、俺が主将になる為に、越えなければならない壁。
逃げずに挑まなければ、きっと先に進めない。
武道場の真ん中に、ゆっくり歩を進めていく。
高まっていく、緊張と高揚感。
深く深呼吸しながら、心を落ち着ける。それでも、自分の心臓の音が、身体の奥から響いてくるようだ。
チラリと横を見ると、青晴さんと目が合って。
微かに動いた口唇が、声にならない言葉を俺に伝える。
「が ・ ん ・ ば ・ れ」
大丈夫です、見ていてください。
声にならない言葉で答える。
赤井先輩は、堂々とした風格を漂わせながら、こちらを見据えている。自信と余裕に満ちあふれた佇まいに、思わず気圧されそうになる。
少し前までの俺なら、恐怖で動けなくなっていたかもしれない。でも、今は違う。俺の両足は止まることなく、戦いの場に向かって、一歩一歩進んでいく。
「先に有効打を決めた方が勝ちです。ではお互いに、礼!」
「押忍!」
「押忍!」
審判役の笹本先輩を挟んで、俺と赤井先輩が対峙した。
その時が迫る中、俺は自分に言い聞かせる。
逃げるな。
挑戦しろ。
そして…… 勝ちに行け!
「始め!」
その掛け声と同時に、赤井先輩が猛然と前に出てきた。一気に詰まる距離。左右の突きが次々と俺に襲いかかる。
俺は左に回り込むように動きながら、必死に攻撃を躱していく。時折、こめかみを掠めそうになる拳、とてつもない圧力。
慧介は、こんな相手と平然と戦っていたのか。
今更ながら、信じられない。
左に回ることで、相手の正面ではなく、斜め前の位置を取れる。真正面に立たなければ、赤井先輩の猛攻をまともに食らう事はない。
そこから、勇気を出して前に出て、攻撃を繰り出す。もちろん、すぐに赤井先輩の反撃が返ってくる。それでも、足を止めずにすぐに左へ。
組手では多くの場合、前後に動きながら、お互いに間合いを取り合う展開になる。回りながら戦う相手は、赤井先輩もあまり経験がないはずだ。
相手がこの動きに慣れる前に……
そう思った次の瞬間。俺の動きを先回りするように、赤井先輩の右の回し蹴りが、俺の頭の高さに飛んでくる。
咄嗟にガードした腕が痺れるほどの、凄まじい衝撃。
背中に、寒気と緊張が走る。
それでも、まだ想定内だ。
俺は即座に、今度は右へと逆回転を始める。いきなり方向が変わった事で、赤井先輩の動きが一瞬止まる。
その時を狙っていた。
俺は飛び込むように、上段突きを放った。赤井先輩に防がれたけれど、この突きは囮。そのまま、さらに前へ。
同時に、俺は自分の右足を、相手の背中側に思い切って踏み込むと、赤井先輩の前脚を払いに行った。
捨て身の飛び込みからの、投げ技。
赤井先輩が一瞬、バランスを崩しかける。
でも、先輩の強靭な足腰は、俺の奇襲戦法を耐え切った。逆に、俺の体勢は無防備。しかも、至近距離。
慌てて俺は、体勢を立て直そうとする。でも、それよりも早く、俺の顔面を、赤井先輩の上段突きがとらえた。
「止め!」
笹本先輩の声が、武道場に響いた。
「ありがとうございました、押忍」
結局、勝てなかった。
必死に絞り出した作戦も、赤井先輩には通用しなかった。
正攻法とは程遠い、奇抜な戦い方。
見ている人の目には、どう映ったのだろう。
「面白れぇじゃん、お前」
戻ろうとした俺に、赤井先輩が声をかけてきた。
「あんな戦い方してきた奴、今までいなかったわ。いつもあんなスタイル?」
「押忍、いつもはもっと普通に戦います」
「あぁ? だったら今日も、普通にやりゃあ良かったんじゃねぇのか?」
「かもしれません。でも、勝ちを諦めたくなかったですし」
「なるほどねぇ…… 俺は嫌いじゃねぇわ、そういうの。ハングリー精神っつうかさ、そういうの持ってる奴は強くなるしな」
赤井先輩が、ニヤニヤと笑みを浮かべながら言った。
俺の事を認めてくれた、という事だろうか?
「それ、みんなにも教えてやりな。主将としてよ」
「押忍! ありがとうございました!」
「じゃ、任せたぜ!」
「任せた」
その言葉が、ただ嬉しかった。
前に会った時は、俺の事なんて、見てくれていなかった。
でも今は、俺を主将として見てくれている。
ただの「空想」でしかなかった、理想の主将の姿。
少しだけ、近づけたような気がした。




