最終日
「2週間、短い間でしたが、本当にありがとうございました」
窓の外は青く晴れた空。
やはり、青晴さんは「晴れ女」かもしれない。
今日は、教育実習の最終日。
祝福と寂しさが入り交じった空気が、教室を包んでいた。
短い間だったけれど、本当にいろんな事があった。
気持ちが、上がったり下がったり。
思い出してみると、かなりしんどかったな。
それでも、とても充実した2週間だったと思う。
「卒業したら、こっちで先生になるんですか?」
「今、住んでいる所が京都なので、まずは京都で就職すると思います」
すでに分かっていた事。でも、改めて聞くと寂しい。
今日が終われば、もう会えなくなる。
「えー、残念」
「じゃあ俺も、京都の大学受験します!」
「いや、ストーカーか!」
クラスの奴らが騒いでいる中、ずっと考えていた事がある。
青晴さんに迷惑はかけられない、そんな事は分かっている。でもやはり、自分の気持ちも、無かった事にはできなくて。周りに気づかれずに、伝える事ができるとしたら……
チャンスはおそらく、今日しかない。
放課後。
武道場の周りに、人だかりができている。
青晴さんが、最後に空手部で組手をするらしい。そんな情報が、いつの間にか広がっていたようだ。
「ほら、みんな代替わり見に来てるよ」
「注目の的、だな」
実夢と慧介が茶化してくる。でも、ここに見に来てる奴らは、みんな青晴さんが目当て。俺なんて、おまけみたいなものだ。
「藤澤くん、まさに晴れ舞台だねぇ」
笹本先輩まで、そんな事を言って来る。
「押忍、こんなの緊張しますよ」
「アハハ…… でも、誰かに見られているからこそ、頑張れるって事もあると思うよ」
「笹本先輩も、そうだったんですか?」
「そうだねぇ。どんなに大変な時でも、自分は落ち着いていなきゃ、とは思ってたかな。主将が焦ってたら、みんなが不安になるしね」
初めて聞いた話だ。
笹本先輩はいつも落ち着いていて、滅多に動じない人だと思っていた。本当は、無理をしていた時も、あったのかもしれない。
でも、そのおかげで、俺たちにとって笹本先輩は、何でも話せる安心感のある主将だった。
これも、主将としての1つの姿なのだと思う。
「あ、そうそう例の件、もう本人に話は通してあるから」
「え、伝えていただいたんですか?」
「うん、『楽しみにしてる』ってさ」
「ありがとうございます。……あと、すいません。我儘を言ってしまって」
「なんで? 気にするような事じゃないよ。僕も楽しみだよ、代替わり組手」
俺が選んだ代替わり組手の相手、それは笹本先輩じゃない。主将として覚悟を決める為に、どうしても戦いたい相手がいたから。
こんな大勢の前で、戦う事になるとは思わなかったけれど。
「押忍」
不意に、観衆がざわめいた。空手着姿の青晴さんが、武道場に入ってくる。まるで、アイドルに向けられるような歓声が上がった。
……と思ったら、すぐに静かになった。
続いて入ってくるのは、赤井先輩。さすが「赤鬼」、空手部員以外も黙らせてしまう迫力だ。
「僕が主将を務めるのは、今日までになります。1年間ありがとうございました」
代替わりが始まった。
笹本先輩の挨拶が続く中、俺は静かに心を整えようとしていた。この挨拶が終わったら、いよいよ自分が主将になる。
主将としての自分の姿。今までは、漠然とした「空想」を描くだけだった。でも今は、はっきりとイメージできる。
「では、新しく主将になる藤澤想空くんからも、一言お願いします」
笹本先輩から促され、前に出ていく。みんなの視線が、俺に集まるのが分かった。実夢や慧介、もちろん青晴さんも。
「新しく主将になる、藤澤想空です」
緊張で、声が少し上擦ってしまう。
でも、ここで宣言する。
自分が、どんな主将になりたいのか。
「僕が主将として、一番大事にしたい事は、『挑戦する』という姿勢です。大きすぎる目標だとしても、自分には無理なんじゃないかと思うような事でも、逃げずに挑戦する」
「そして、部員の皆さんが同じように挑戦する時は、全力でサポートする。そんな主将になりたいと思います。これから1年間、よろしくお願いします! 押忍!」
気持ちが高揚している。
自分の「空想」を公言するのは、これが初めてだ。きっと今までは、「空想」と「現実」とを比べられる事を怖がって、予防線を張ってきたのだと思う。
「では、これより代替わり組手を行いたいと思います。藤澤くん、誰と戦うか、もう決まってるね?」
「押忍」
そんな事は、今日で終わりにする。
その為に、戦わなければならない。
「赤井先輩! お願いします!」
「いいぜぇ…… そう来なくっちゃなぁ!」
もう逃げない。
その事を証明する為に。




