負けず嫌い
「藤澤くん。なんか、今日はスッキリした顔してるね」
「そう見えますか?」
代替わりの日は明日に迫っている。
でも、今の俺にはもう迷いは無かった。
青晴さんにも、それが見て分かるのだろうか。
青晴さんとは、適度な距離を保たなければならない。それは、今も変わっていない。周りの目があるし、俺のせいで迷惑をかけるような事は、絶対にできない。
だとしたら、今やるべき事は何だろうか?
青晴さんに、ちゃんと見てもらう事じゃないだろうか。主将として、しっかり責任を果たす事ができるという事を。
それが、今の俺が出した結論だった。
「今日終わったらさ、久々に自主練しようよ!」
実夢が、笑顔で言う。
昨日までの重たい空気が、嘘のようだ。
「実夢、張り切ってんじゃん。慧介はどうする?」
「え、俺?」
「どうよ、久々に」
「あ…… 悪い、今日はやめとく」
そう言うと、慧介が首にかけたタオルで汗を拭った。
こいつが自主練の誘いを断るなんて、珍しい事もあるもんだ。そんな事を考えていた俺とのすれ違いざま、慧介が囁くように言った。
「よかったな、ちゃんと話せて」
そうだった。
こいつも、俺と実夢の事を気にかけてくれていたんだよな。
心配かけてごめん、もう大丈夫だから。
「そんじゃ、邪魔者は消えるわ」
「……? 別に、邪魔じゃねぇけど?」
実夢と2人の自主練、昔に戻ったみたいだ。
あの頃は、俺が教えてばかりだった。でも今では、お互いにアドバイスし合うようになって。
「明日の作戦とか、もう考えてるの?」
いつの間にか、外は薄暗くなっていた。武道場の照明のスイッチを入れながら、実夢が俺に言う。
「一応は。やっぱ、勝ちに行きたいしさ」
「想空さん、負けず嫌いだもんねぇ」
正々堂々戦って、負けるなら悔いは無い。
俺は、そんな風には思わない。
正々堂々と負けるより、何とかして、勝つ方法を見つけ出したい。たとえ、変化球のような戦い方だとしても。
その為に、頭をフル回転させて考える。
どうすれば勝てるのか。
「あたしも、何か作戦考えなきゃ。このままじゃ、当たって砕けるだけかもだし」
「そうだなぁ……」
俺は、もうすぐ主将になる。これからは、自分の事だけではなく、チームが勝つ事を考えなければならない。たとえ、どんな格上の相手だとしても。
青晴さんは、実夢にとって明らかに格上の相手。普通に戦っていたのでは、まず勝てないだろう。だからこそ、俺も実夢と一緒に考えなければと思う。
「青鬼」に、立ち向かう方法を。
「あ」
「あ」
2人の声が重なった。
「え、実夢、どうかした?」
「あ、ううん。なんか、入り口の所に誰かいたような気がしたんだけど……」
俺も、武道場の入り口に視線を向ける。
誰かがいる気配は無い。
「誰もいないみたいだけど……? え、なんか怖い」
「ちょっと、やめてよ想空! ……ってか、そっちこそどうしたの?」
「あ、そう、思いついた事があってさ」
スマホで動画を探す。
前に、偶然見つけた動画。
そこに映っていたのは、それまで見た事の無かった技だ。
「この技、できる?」
「え、この技!?」
実夢も、少し驚いた様子だった。
俺には、とてもできない技だ。慧介や赤井先輩でも、この技はできないかもしれない。でも、抜群の柔軟性を持つ実夢なら、もしかしたら……
青晴さんに勝つ為に、意表を突く。
おそらく、まだ見た事の無い、対応できない技で。
「初見殺し」
これが、俺の考えた作戦だ。
「分かった。練習しよ」
「いける? ほとんど一夜漬けだけど」
「うん。せっかく想空が考えてくれた作戦だし、やるっきゃないじゃん!」
実夢が、真っ直ぐな眼をして言った。
「本当に凄いよな、実夢は。格上相手でも逃げないし。」
「え…… そんな事ないよ」
実夢が、少し照れたように笑う。
「あたしなんてさ、岩佐先輩に比べたら、強くもないし、機転も利かないし、それに……」
不意に言葉が途切れて。
「ズルだって…… しちゃうけどさ……」
実夢が、少しだけ俯いて。
「でも、負けたくないから! あたしも負けず嫌いだし!」
「俺と同じだな」
「へへへ…… 想空さん程じゃないですよ」
そんな事は無いと思う。
俺なんかより、ずっと負けず嫌いで、そして前向きだ。
本当は、少し尊敬している。
実夢のそういうところ。
「この技、絶対に決めてみせるから! 約束!」
「ああ、約束な!」
その日の自主練は、遅くまで続いた。「早く帰れ」と怒られるまで残っていたのは、本当に久しぶりだ。
やれるだけの事はやった。
あとは、本番を待つのみだ。




