雨宿り
「想空、実夢と何話すの」
「いつも通り。じゃなきゃ、かえって変じゃん」
武道場までの道を、慧介と2人で歩く。
いつもなら実夢も一緒なのに、今日は先に行ってしまったようだ。やはり、避けられているのだろうか。
「……あのさ」
「何?」
「いや、何でもないわ」
慧介が何か言いかけて、そして止めた。
武道場に入ると、俺の目はすぐに実夢を見つけた。いつものように、練習前の準備運動中。
思い切って、実夢の方に歩を進める。実夢は俺の方を見ていない。それとも、こちらを見ないようにしているのだろうか。
「実夢、先に来てたの」
「あ、うん…… ごめん……」
お互いに、それ以上の言葉が出てこなかった。実夢の様子がいつもと違いすぎて、どう接していいかが分からない。
これを言ったら、どんな反応をするだろう。
どんな風に思われるだろう。
いつもなら考えもしないような事を、心配してしまう。
結局、そのまま練習が始まった。
横目で実夢の様子を見ると、慧介や他の奴らとは、少し喋っているようだけれど……
「藤澤くん、何かあった? 昨日から、元気が無いみたいだけど」
後ろから、笹本先輩に声をかけられた。
「あ、いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
「そう? もし何かあったら、遠慮せずに言ってね」
俺も、いつもとは様子が違って見えたのだろうか。
笹本先輩にまで、気を遣わせてしまっている。
「ごめん、今日は先帰るね」
「あ、実夢……」
練習後、改めて声を掛けようとしたけれど、俺の声を振り切るように、実夢は帰ってしまった。
想像していた以上に、実夢とちゃんと話すのは難しい。無理に追いかけても、ますます拗れてしまうだけだろうし。
もう、どうすればいいのか分からない。
部活からの帰り道、俺の足取りは重たかった。
ふいに、雨粒が鼻先に当たる。
そこから雨が本降りになるまで、それほど時間は掛からなかった。今朝は、あんなに晴れていたのに。今日は、傘を持っていない。
たまたま近くにあったコンビニまで、俺は慌てて走った。軒下に入って、雨宿りさせてもらう事にする。この調子だと、しばらく止みそうにないし。
なんか、疲れた。
とにかく、今は頭の中を空っぽにしたい。抱え込んだものを全部忘れられたら、全部放り出せたら、きっと楽なのにな。
理想に近づきたくて、「空想」を「現実」にしたくて。
頑張ってきた。
頑張ってきたつもりだ。
でも、右往左往しているだけで、何も上手くいっていない。
こんな事で、周りから認めてもらえるのだろうか。
ガラスの壁にもたれながら、俺は水溜りを埋め尽くす波紋を、ただ眺めていた。
「あ、降ってる……」
不意に店のドアが開き、聞き覚えのある声。
「あ……」
お互い、思わず視線を逸らしてしまう。
でも外は雨、逃げ場はない。ここで一緒にいるしかない。
俺と、実夢と。
少し距離を空けたまま、2人並んで、何も言わずに。実夢は今、どんな顔をしているのだろう。
空気が重い、逃げたい。
弱気な自分が、顔を出そうとする。
でも、それを許したくない自分も、心の中にいる。
このまま、話もできないままなんて嫌だ。
実夢は、大切な友達だから。
「あ、あのさ…… ごめん!」
何を話せば良いのか、正解は分からない。でも、とにかく正直な俺の気持ちを伝えようと思った。
「なんか俺、いろいろと残念だったろ。もうすぐ主将にならなきゃいけないのにさ」
「え……」
「余計な事…… 考えてたり……」
今言える精一杯の言葉を、必死に絞り出していく。
「あ…… あたしこそ、ごめん!」
実夢が、俺の方を向いて言った。
「昨日、変な事言っちゃったし。あたし、嫌な奴だよね……」
「そんな事無い、間違った事言ってないし」
俺も、実夢の方を向いた。視線は下を向いたまま、まだ、お互いの目は合わないまま。
「本当、ごめん!」
「いいって、謝んなって」
「だって、想空だって謝ってんじゃん……」
その時、俺と実夢の視線がぶつかった。
「フフ……」
「フフフ……」
顔を見合わせたまま、どちらからともなく笑みがこぼれて。
「なんて顔してんだよ」
「だから、お互い様じゃん!」
堰を切ったように、言葉があふれ出した。
まるで、今まで話していなかった分を、取り戻すように。
やっと、いつもの俺と実夢に戻れた気がする。その安心感が、俺の心を軽くしていく。
雨は、まだ止みそうにない。
だから、もう少しだけここにいてもいいかな。
何となく、そう思った。




