距離感
「おはよ、藤澤くん」
「おはようございます」
「今日も曇り空だね。晴れたらいいのにね」
「本当ですね、晴れてほしいですね」
水曜日の朝。晴れ。
いつもなら、青晴さんと話す時は、今の天気と同じように晴れ晴れとした気分なのに。
今朝の会話は、それだけで終わってしまった。実夢に言われた事が、心にずっと引っかかっている。たぶん、青晴さんも同じなんだと思う。
お互いに、どこか遠慮し合っているような態度で。
俺は、青晴さんの邪魔になっているだけなんじゃないか。
そんな不安が、どうしても頭から消えない。
今日も、青晴さんが授業を担当している。
生徒の俺が言うのもどうかと思うけれど、青晴さんの授業の進め方は、少しぎこちない感じがする。
もちろん、そんな事は当たり前だ。実際に教室で授業をするのは、今回の教育実習が初めてだろうし。
授業中は、森村先生にずっと見られているし、緊張感もすごいと思う。もしかすると、俺たちの知らないところで、いろいろとダメ出しをもらっているのかもしれない。
大変だと思う。
応援したいと思う。
だからこそ、邪魔をしちゃいけない。
俺が変に近づいたら、余計な悩み事を増やしてしまうかもしれない。何より、青晴さんが実習先の生徒と何かあったように思われたら、それこそ大変な事になる。
適度な距離感。
青晴さんと初めて会った日、そんな言葉を言い訳にして、俺は逃げてしまった。その事を後悔しているからこそ、自分から積極的に距離を縮めて行こうとも思っていた。
しかし、今の俺と青晴さんの立場を考えると、適度な距離を保つ事は大事なのかもしれない。
その一方で、今もまた後悔している。
今朝の俺。どうして青晴さんに、あんなに素っ気ない態度を取ってしまったのだろう。あれじゃ、適度な距離感どころか、拒絶しているようだ。
本心は、むしろ逆なのに。
青晴さんだけじゃない。
昨日から、実夢との雰囲気もおかしい。
会話が続かないし、そもそも2人になるのを避けられているような気もする。
「うす」
「おはよ、想空……」
昨日の部活では、ほとんど会話が無かった。今朝も顔を合わせたけれど、小さな声で挨拶しただけ。いつもなら、そこからくだらない会話が始まって、なかなか終わらないのに。
どうして、こんな事になってしまったのだろう。
なんて、本当は理由は分かっている。
昨日のやり取り。
「実夢、今朝も元気無かったな」
慧介が、声をかけて来た。こいつだけは、今日もいつもと変わらない。たったそれだけの事に、こんなに安心感を感じている自分がいる。
「あぁ……」
「何だよ、お前もか」
俺の青晴さんへの態度は、実夢の目にどんな風に映っていたのだろうか。もうすぐ主将にならなければならないのに、余計な事ばかり考えている。そんな風に見えていたのだろうか。
「何かあった? 実夢と」
「まぁ…… ちょっと……」
「そっかぁ……」
それだけ言うと、慧介はゆっくりと自分の席に腰を下ろした。やはり、いつもの慧介だ。こちらが話したくない事は、無理には聞いてこない。
「で、どうすんの?」
「何とか話すよ、実夢と。このままにしとくの嫌だしさ」
「……偉いよな、お前は」
慧介が、椅子の背にもたれかかりながら言った。
別に、何も偉くなんかない。原因を作っているのは俺なのだから、俺が何とかしなければならない。そう思うだけだ。
「なんか、分かったわ。なんでお前が、次期主将に選ばれたのかさ」
慧介が、天井を見上げたまま続ける。
「俺だったら、たぶん気まずくて、時間が解決するのを待っちゃうかもな。でも、お前は放っとかないんだよな」
「別に、普通じゃん」
「なかなかできねぇよ。やっぱお前、みんなをまとめるのに向いてるわ。凄いと思うよ、本当に」
急に、何言い出すんだよ、慧介。
俺から見れば、お前の方がずっと凄い奴なのに。
でも、少しだけ嬉しい気持ちもある。
慧介に、俺より凄い奴に、そんな風に言ってもらえて。
この後の部活、実夢とは嫌でも顔を合わせることになる。何とかして、今の状況を変えなければならない。
それは、難題かもしれない。
でもこれから先、主将として、似たような事に向き合う時もあるだろう。これを解決できないようじゃ、きっと主将なんて務まらない。
横目で見た窓の外は、いつの間にか、今にも降り出しそうな空模様。薄黒い雲が、ゆっくりと風に流されていく。
俺は、実夢とちゃんと話せるのだろうか。




