変じゃん!
「大丈夫? 疲れてない?」
何気ない一言。
でも、それが本当に嬉しくて。
今、頭の中はぐちゃぐちゃだ。
青晴さんの事や、空手部の代替わりの事。考えなければならない事が、いくつもある。何から手を付ければいいか、どう解決すればいいかも分からない。
考えが纏まらなくて、頭の中で堂々巡りが続く。
不安と焦りだけが、膨らんでいく。
そんな時だったから、嬉しかったんだ。
青晴さんの一言が。
「ありがとうございます。大丈夫てす」
「本当に?」
「はい、心配いりませんよ。それに先生こそ、今一番大変な時期なんじゃないですか?」
「私も大丈夫だよ。ありがと」
青晴さんと2人、廊下を並んで歩きながら。
いろいろと大変な中、こんなちょっとしたやり取りにも、幸せを感じている自分がいる。
「聞いたよ。私の教育実習の最終日が、ちょうど代替わりの日なんだね」
「はい。先生も来てくれるんですよね」
この日は青晴さんにとっても、特別な日だ。
だからこそ、無様な姿は見せたくない。
「実はね、私も組手をする事になってるんだ。教育実習の、最後の記念って事で」
「え、そうなんですか? もう相手は決まってるんですか?」
「当日に、立候補者を募るんだって。エヘヘ…… もし、誰も立候補いなかったら、どうしよ」
たしかに、その可能性はある。
青晴さんの強さは、女子の中でも群を抜いている。立候補するのは、かなり勇気が必要だろう。
「その時は、主将に相手をお願いしようかな?」
「主将って…… え、僕ですか!?」
「最後の手段だけど、ね」
……本当にそうなったら、かなり困るかもしれない。
青晴さん相手に本気で戦うなんて、想像もできない。それに、いくら強いとはいえ、女子選手が相手だし。
でも、青晴さんの実力を考えると、力を抜いたりしたら、おそらく負ける。次期主将が女子選手に負けるのは、さすがに格好悪いし……
「想空、何考え込んでんの?」
後ろから、聞き覚えのある声がした。
「実夢、別に大した事じゃないよ」
「そう? なんか深刻そうだったけど?」
「大丈夫、ありがとな」
実夢の表情は、見るからに怪訝そうで。
興味本位でいろいろ聞かれると、面倒な事になりそうだ。俺はなんとかして、話をはぐらかそうとする。
「でもさ、想空って1人で抱え込んじゃう事あるじゃん。あたしだって、話くらい聞けるよ」
「本当に大丈夫だって」
珍しく、実夢が食い下がってくる。たしかに、実夢は俺にとって、何でも話せる相手ではあるけれど。
でも、青晴さんの事なら話が別だ。
「藤澤くん、そんな考えなくていいよ! 気楽に行こ!」
「『気楽に』って、やっぱ想空、何か思い詰めてたりするんですか?」
青晴さんの言葉に、俺より先に実夢が答える。
「うん、主将になる為に考えなきゃいけない事がたくさんあって、大変みたい。永山さんも、いろいろ話聞いてあげてね」
「はい、分かりました」
「実夢! もういいって!」
思わず、声のトーンが少し強くなる。
実夢が、今度はこちらを向いて静かに言った。
「想空もさ、あんまり先生に迷惑かけない方がいいと思う」
「迷惑? 何だよそれ?」
「先生は、教育実習生として来てるんだからさ」
「だから何?」
「だから生徒とさ、その…… 変に仲良くなったみたいに、見られるのはさ……」
実夢? お前、何言って……
「永山さん、心配しなくても大丈夫だよ。ちゃんと気をつけてるから。じゃ、私そろそろ行くね」
そう言うと、青晴さんは俺たちから離れていった。
廊下を曲がり、姿が見えなくなって。
その場に残ったのは、少し気まずい空気で。
「実夢、なんであんな事……」
「だって、変じゃん!」
俺の言葉が終わるより早く、まるで堪えきれずに発したような実夢の一言。
俺は一瞬、固まってしまった。
「想空、先生の事いろいろ知ってたじゃん! 名前の漢字とか、空手部の先輩だって事とか! みんな知らないのにさ!」
少しうわずった声、必死な表情。
明らかに、いつもの実夢じゃない。
「頼まれてもいないのに、座席表作ってあげたり! こないだの先生のスピーチだって、内容聞いたら、まるでさ…… 絶対、変じゃん!」
俺は、何も言えなかった。
実夢の言っている事も、よく考えれば当然の事で。
青晴さんにも立場というものがある。実習先の生徒と何かあったなんて、そんなの大問題になるに決まっている。
「なんか…… ごめん……」
実夢が消え入りそうな声で呟いて、自分のクラスに帰って行った。1人残された俺は、まだ考え続けていた。
俺はもしかして……
青晴さんに、迷惑をかけているだけなのだろうか?




