あと1週間
あと1週間しかない。
目の前に突きつけられた現実が、俺の心を急かし続ける。このまま何もしなければ、あっという間に「その時」が来てしまうのだろう。
「なぁ、慧介ってさ…… 彼女さんの連絡先、どうやって手に入れたの?」
「え、どうした、急に?」
「いや、なんか興味が」
「何だよそれ」
学校から一歩出てしまえば、俺と青晴さんとの繋がりは、今のところほぼ無い。
何とかして、連絡先の交換だけでもできないだろうか。彼女持ちの慧介なら、何か参考になる話が聞けるかもしれない。
「いつの間にか、知ってた感じかな。同じグループで、よく遊んでたし。ずっと一緒にいたら、自然とそうなるんじゃね?」
「そっか…… サンキュ」
「あんまり参考にならなかったか?」
「あ、いや、そういうわけじゃないけどさ……」
俺の場合、もうそれほど時間が残されていない。
それに、クラスでも部活でも他の人の目があるから、なかなかチャンスも無い。誰かに知られたら、またいろいろと言われるだろうし。
「まあ、まだ時間あるし。じっくり考えりゃいいんじゃね? どうするのか」
「何だよそれ」
「ん…… 何つうかさ……」
相変わらず慧介は、全てお見通しのような言い方をしてくる。誰の連絡先なのか一切聞いて来ないのも、よく考えれば不自然だ。こいつは一体、どこまで気づいているのだろうか。
慧介に味方になって欲しい、とまでは思っていない。さすがにこんな事は相談できないし、相談された方も困るだろうし。
こいつの言う通り、これは俺が考えるべき事だ。
「あー、難しいわ。どういうポジション取るべきか」
「だから、何だよそれ」
教育実習も2週目に入り、今週から青晴さんが授業を担当するようになった。
あらかじめ学習指導案を作り、森村先生のチェックも受けるらしい。こちらが想像していた以上に、忙しくなるようだ。
「今日は、岩佐先輩来てないね」
「今、かなり大変みたいだしな……」
当然、部活に顔を出す事も少なくなる。仕方のない事だけれど、ただでさえ少ない青晴さんと話せるチャンスが、もっと少なくなってしまう。
「……気になる?」
「え、何が?」
「何でもない」
本当は気にしている事が、実夢にもバレてしまっているのだろうか。そうやって周りにバレてしまうと、ますます動きづらくなるし、どうすれば良いのだろう。
「藤澤くん、ちょっといい?」
練習後、笹本先輩が、声をかけてきた。
「押忍、また隅っこ行きましょうか?」
「アハハ…… 今日は行かなくても大丈夫だよ。もうみんな知ってる事だしね」
俺が次期主将に選ばれた事は、もう空手部の誰もが知っている。建前上、代替わりの日までは秘密、という事になっているのだけれど、俺も含めてみんな平気で喋っている。
「岩佐先輩の教育実習、今週末が最終日だよね」
「そうですけど…… 何かあるんですか?」
「うん、その日になったから。代替わり」
また1つ、現実が目の前に突き付けられた。
あと1週間しかない。
主将になるまで。
「押忍、分かりました」
身体の奥から、プレッシャーが湧き起こってくる。それを隠しながら、俺は答えた。もう今から、周りに見られていると思わなければならない。
「その日は、岩佐先輩と赤井先輩も来てくれるって」
「本当ですか?」
青晴さん、それに赤井先輩まで。
こんなの、緊張するなという方が無理だ。
「じゃ、代替わり組手の相手を誰にするか、考えといてね」
「押忍」
緊張する一番の理由は、これだ。
うちの空手部の代替わりでは、次期主将が自分で相手を指名し、組手をするという伝統がある。主将になる為の、儀式のようなものだ。
「あの…… 相手は、誰でもいいんですか?」
「誰でもいいよ。誰か戦いたい人がいるの?」
「あ、いえ、いろいろ考えてみたいと思って……」
相手を自由に決めて良いからといって、自分が勝てそうな相手を選ぶ人はまずいない。なぜなら、自分より強い相手に挑戦し、主将としての覚悟を示す事が目的だから。
だから多くの場合、前主将を相手に指名する。
でも、俺は……
「ま、時間はまだあるし、ゆっくり考えるといいよ」
「押忍、ありがとうございます」
本当は、相手として頭に浮かんだ人がいる。
心の中で、ずっと引っかかっていた事。
決着をつけなければ、前に進めない気がするから。
でも、それを口にしていいか迷っている。
俺なんかが、戦いたいと言って良い相手なのだろうか?
笹本先輩にも、失礼にならないだろうか?
何より、俺にその勇気が出せるのか?
いろんな考えが頭に浮かんで、そして溢れ返って。
あと1週間。




