ここにいる理由
「誰かと比べてはいけない。それは分かっているつもりでした。でも、どうしても気になっちゃうんですよね。自分がどう見られているか、物足りないと思われているんじゃないかって」
俺は少し俯いて、机の木目をただじっと見ていた。
岩佐先生の気持ちは、痛い程分かる。俺も、知らず知らずのうちに、ずっと比べていたのだと思う。
慧介と、自分とを。
俺は、小学校から空手をやっていた。だから入部した時も、「経験者だから」という、変な自信があった。
自分は、ここでも活躍できるんじゃないか。
根拠もなく、そう思い込んで。
今思えば、それも身勝手な「空想」だった。
慧介に出会って、そんな自惚れは、粉々に打ち砕かれた。
とにかく、俺とはレベルが段違いだった。組手では全く歯が立たないし、基本の動き1つとっても、力強さも正確さも勝てる気がしなかった。
お互い経験者という事で、いつの間にか練習でペアを組むことが増え、気がつけば、俺と慧介は仲良くなっていた。あいつは口数は少ないけれど、根はすごくいい奴だし、友達になれて本当に良かったと思う。
でも時々、本当に時々、一緒にいると心が苦しくなる時がある。自分にはできない事を、すぐ側にいる慧介が、軽々とこなしていく。才能の違いに、劣等感を隠せなくなる。
そんな奴を差し置いて、俺はもうすぐ主将になる。
みんなは、どう思うだろう。
慧介に遠く及ばない、俺を見て。
「でも、私がそうやって悩んでいた時、ある人に教えてもらった事があります。それは、『私は私なのだから、無理に他の誰かの真似をしなくても良い』という事です」
俺は顔を上げた。不思議と、自分がその言葉を言われているような、そんな気がして。
「私は、赤井くんのようにならなければならないと、ずっと思い込んでいました。でも、私にしか果たせない役割だって、きっとある。だから、それを見つけて、それだけに打ち込んでみてはどうか。そう言ってもらって、気持ちがとても楽になりました。」
「自分はチームの為に、何ができるのか。赤井くんが、力強くみんなを引っ張る役割なら、私は、みんなの背中を優しく押す役割を果たそう。そんな風に考える事で、私は前向きに頑張れたと思います」
「私が教師を目指したのは、自分が教えてもらった事を、誰かに伝えたいと思ったからです。そうやって誰かを励まし、背中を押す役割を果たしたい。それが、私がここにいる理由です。皆さんにも、自分の果たすべき役割が必ずありますから、それを探してみてください」
目の前に、光が差し込んだような気がした。
俺はずっと、慧介や赤井先輩のような人が、主将にふさわしいと思っていた。主将を務める以上は、周りを納得させるくらいの強さを、持っていなければならない。
そう思い込んで。
でも、それだけが主将の姿じゃない。絶対的な強さを武器にできないなら、自分だけの長所を見つけて、それを武器にすれば良い。俺にしかなれないような主将を目指せば良い。
それがきっと、俺の進むべき道だ。
「ちなみに、私にその事を教えてくれた人というのは……」
岩佐先生が、視線を横に向ける。その先では、森村先生が腕を組んだまま、小さく頷いている。
「え、まさか」
「先生もたまには、いい事言ったりするんだ」
「待て待て! 『たまには』って何だ、『たまには』って!」
教室が、笑いに包まれる。
俺も笑った。
曇っていた心が晴れ渡るような、そんな気分だった。
「想空? 部活行かねえの?」
「ちょっと用事。先に行ってて」
放課後。
俺は真っ先に、岩佐先生のところに向かった。
「あ、あの! ありがとうございました! いいお話聞かせてもらって」
「ううん、こちらこそ。昨日考えた話だったんだけど、うまく話せてたかな?」
「もちろんです。すごく勇気もらえましたし」
別に岩佐先生は、俺の為にあの話をしてくれたわけではないのだろう。それでも俺にとっては、進むべき道を示してくれるような話だったから。
どうしても、感謝を伝えたくて。
「もしかして、お参りした御利益、あったのかな?」
「お参りって、あの時のですか?」
岩佐先生に初めて会った日、教えてもらえなかった、先生の願い事。
「あの時ね、『教育実習で、生徒のみんなの役に立てますように』ってお願いしてたんだ。叶ったかも」
「叶ってますよ、絶対」
そんな事をお願いしていたなんて、いかにも先生らしい。
俺も、負けていられない。
立派に主将を務められるようにならないと。
「じゃあ、また明日、お礼しに行かなきゃ」
「お礼って…… こないだの神社ですか?」
「うん」
急に、俺の心臓が波打ち始めた。
先生と初めて会った場所。
明日、そこに行けば会える。
教室でも部活でもない、たぶん他に誰もいない場所で。
「いつも、あれくらいの時間なんですか?」
「うん、いつもあれくらい」
俺は一体、何を聞いているのだろうか。
これじゃ、まるで……




