第1話 消えた洞窟――消えた異常の痕跡
週に一度の狩りが、ラースの日常にすっかり溶け込んでいた。
孤児院の子供たちは、その日だけは少し早く起きて、
「今日は肉が食べられるかもしれない」とそわそわしている。
そんな期待を背に、ラースは今日も森へ向かった。
手には果物ナイフと水袋。装備は以前と変わらない。
だが――胸の奥には、前回とは違う緊張があった。
(……あの洞窟。あれを、もう一度確かめないと)
野兎を仕留めるのは、もはや難しいことではなかった。
気配を察知し、動きを読み、隙を突いて仕留める。
身体が自然に動く。まるで“昔からやっていた”かのように。
血抜きを終え、野兎を木に吊るすと、ラースは森の奥へ足を向けた。
(……確か、このあたりだった)
木々の位置。
草木の密度。
地面の感触。
すべてを思い出しながら歩く。
だが――
(……ない)
洞窟はどこにもなかった。
前回、草木をかき分けた場所には、ただ普通の茂みが広がっている。
地面の凹凸も違う。木の並びも違う。空気の重さも違う。
(……そんなはず、ない)
ラースは周囲を何度も歩き回った。
右へ。
左へ。
前へ。
後ろへ。
何度も、何度も。
だが――
(……見つからない)
洞窟は影も形もなかった。
まるで、最初から存在しなかったかのように。
ラースは立ち尽くした。
胸の奥が冷たくなる。
(……夢じゃない。あれは確かに“あった”。
顔のない人影も……俺は首を落とした)
手のひらに残る感触。
洞窟の冷たい空気。
足音の反響。
あの“呼び声”。
すべてが鮮明に思い出せる。
なのに――痕跡は一つもない。
(……どういうことなんだ)
森は静かだった。
まるで、ラースの疑問を飲み込むように。
風が吹き、草木が揺れた。
その音だけが、妙に遠く聞こえた。
(……戻ろう)
答えは出ない。
だが、胸の奥のざわつきは、前よりも深くなっていた。
ラースは野兎を回収し、孤児院へと歩き出した。
その背中に、森の奥からの視線は――もう感じられなかった。




