森に消えた背の高い少年
森は、何も語らない。
風が木々を揺らし、鳥が鳴き、
村の子供たちは今日も変わらぬ日常を過ごしていた。
だが、この日――森はひとつの“歪み”を飲み込んだ。
誰も気づかないまま、静かに、確実に。
それは後に、王国を揺るがす“影”へと繋がっていく。
だが、この時の村人たちはまだ知らない。
森の奥で、ひとりの少年が“帰らなくなる”ことを。
深い森の奥に、その村はあった。
外界から隔てられたような静けさの中で、
子供たちは今日も変わらぬ日常を過ごしていた。
その日、村の男の子が村はずれで“それ”を見つけた。
洞窟。
木々の影に隠れるように、黒い穴がぽっかりと口を開けていた。
男の子は胸を高鳴らせながら、同い年の二人――
背の高い男の子と、おとなしい女の子を呼びに行った。
「なぁ、洞窟見つけたんだ! 一緒に行こうぜ!」
背の高い男の子は目を輝かせた。
「面白そうだな。行ってみよう」
だが、おとなしい女の子は不安げに眉を寄せた。
「……危ないよ。大人に言ったほうが……」
「大人に言ったら入れなくなるだろ!
せっかく見つけたんだし、三人で見に行こうぜ!」
男の子に手を引かれ、
女の子も渋々ながら洞窟の入口までついていくことになった。
「ほら、ここだよ。ここが入り口!」
近づいてみると、確かに子供なら入れそうな穴が開いていた。
中は真っ暗で、まるで何かを飲み込もうとしているような気配が漂っている。
女の子は入口の前で立ち止まり、震える声で言った。
「……やっぱり、やめようよ……怖いよ……」
男の子は振り返り、得意げに笑った。
「大丈夫だって! ちょっと見るだけだよ!」
そう言って女の子の手を引こうとするが、
女の子は必死に首を振り、その手を振り払った。
「いやぁぁぁ!!」
叫び声を上げて、村の方へ走り去ってしまった。
男の子は舌打ちした。
「ちぇっ……あいつ、探検の楽しさが分かってないんだよ」
背の高い男の子は苦笑しながらも、男の子の後に続いた。
洞窟に入ると、すぐに闇が二人を包み込んだ。
最初は何も見えなかったが、やがて目が慣れ、
壁の輪郭がぼんやりと浮かび上がってきた。
こつっ、こつっ。
二人の足音だけが、静寂の中に響く。
「なぁ……なんか、変な匂いしないか?」
「気のせいだろ。ほら、もっと奥まで行こうぜ」
しばらく進んだ時だった。
「うわっ!」
男の子が何かにつまずき、前のめりに倒れそうになった。
背の高い男の子が素早く腕を掴み、転倒を防ぐ。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫……でも、今の……」
二人は足元を覗き込んだ。
暗闇の中、ぼんやりと“人の形”が見えた。
男の子はぞわっと背筋が震えた。
「ひ、人……?」
背の高い男の子はしゃがみ込み、その“人影”をじっと観察した。
手もある。足もある。頭もある。
だが――何かがおかしい。
何が違うのか、背の高い男の子は顔を近づけて確認した。
そして気づいた。
「……顔が……ない……」
その瞬間、男の子は恐怖に耐えきれず叫んだ。
「うわぁぁぁぁ!!」
洞窟の外へ向かって全力で駆け出していく。
背の高い男の子は、その場に取り残された。
目の前の“顔のない人影”を見つめながら、
胸の奥に冷たいものが広がっていく。
(……なんだ、これ……)
洞窟の奥から、風のような、声のような、何かが囁く気配がした。
背の高い男の子は、その奥へと吸い寄せられるように歩き出した。
その日――背の高い男の子は村に帰らなかった。




