おてんば姫と、運命の騎士
セシリアは昔から「おてんば姫」と呼ばれていた。
王族でありながら、幼い頃から剣を握り、
十代後半には前線に赴き、兵たちを叱咤し、鼓舞し、
その姿は兵士たちの憧れであり、誇りだった。
だが一方で、
――貴族の子息たちは彼女を恐れ、敬遠した。
「強すぎる」
「気が強い」
「姫らしくない」
そんな陰口も聞こえていた。
セシリアは気にしなかった。
軟弱な貴族の子息など、はなから相手にする気はない。
……それでも。
恋に憧れる乙女心だけは、誰よりも強く胸の奥に秘めていた。
自分のピンチに、颯爽と助けに来てくれる王子様。
そんな夢物語を、密かに願っていた。
王都から国境の砦へ向かう道中。
馬車の周囲に、突如として“仮面の集団”が現れた。
白い仮面。
黒いローブ。
無言のまま襲いかかってくる異様な集団。
護衛たちは前線で鍛えられた精鋭だ。
だが、相手は倒れない。
斬っても、刺しても、怯まない。
「姫様、下がってください!」
侍女が叫ぶ。
護衛隊長が必死に剣を振るう。
だが――押し返せない。
その時だった。
シュッ――矢が飛び、仮面の兵の肩を貫いた。
続けざまに火球が炸裂し、仮面の集団が後退する。
「援軍……?」
護衛たちが驚く中、たった一人の男が馬を走らせて現れた。
その男は、まるで物語の中から抜け出してきたように、
迷いなく戦場へ飛び込み、仮面の集団を押し返し、撤退に追い込んだ。
護衛隊長が礼を述べる。
「助太刀、感謝する!」
セシリアも馬車から降り、その男の姿を確かめようと前に出た。
「助かりましたわ、ありがとう」
そう言った瞬間、
――男は片膝をつき、右手に淡い光を宿す魔力の珠を浮かべた。
「貴女のために参上いたしました」
セシリアの心臓が跳ねた。
――これ。
――これよ。
ずっと夢見ていた“王子様”の登場シーン。
胸が熱くなる。頬がわずかに赤くなる。
そして、男が差し出した魔力珠を受け取った瞬間
――セシリアは息を呑んだ。
「……え……?」
魔力珠に触れた途端、そこに“自分の魔力”が混じっているのを感じた。
さらに、魔力珠に刻まれた情報が流れ込んでくる。
――ラース。
――この男の名はラース。
セシリアはしばらく動けなかった。
「……貴方はラースね。付いてきてちょうだい」
護衛たちが慌てて止める。
「姫様!? その者を馬車に――」
「わたくしが決めたことですわ。異論は許しません」
セシリアはラースを馬車に乗せた。
「魔力珠……誰に教わったの?」
セシリアは静かに尋ねた。
ラースは迷いなく答えた。
「未来のセシリア様です」
セシリアは言葉を失った。
未来の自分が、この男に魔力珠を教えた?
そんなはずは――そう思うのに、なぜかラースの言葉を疑えなかった。
胸の奥がざわつく。
不思議な感覚。
「……ひみつ、ですわ」
セシリアは微笑んだ。
それからの日々は、まるで夢のようだった。
ラースは強く、優しく、戦場では頼もしく、作戦会議では的確で、
セシリアの言葉を真剣に受け止めてくれた。
二人は共に戦い、共に未来を変えようとした。
セシリアは、ラースを信じていた。
帝国軍を押し返し、勝利が目前に迫ったその時。
ラースが言った。
「前回は、ここで勝ったと思ったら胸から剣が生えて殺されたのです」
セシリアは驚いてラースを見た。
「ラース、あなた……」
その瞬間。
ラースの胸から――剣が生えた。
「……っ!」
ラースが苦悶の表情を浮かべる。
セシリアは息を呑んだ。
「ラース……?」
ラースが自分を見て、驚愕の表情を浮かべた。
セシリアは自分の胸に視線を落とした。
そこから――剣が突き出ていた。
「……あ……」
視界が揺れる。世界が遠ざかる。
――ラース……
――わたくし……死ぬの……?
そこで、意識が途切れた。
「……っ!」
セシリアは汗をかいて飛び起きた。
息が荒い。胸が痛む気がする。
だが、周囲を見渡すと――そこは王城の自室だった。
「……どうして……?」
姿見の前に立つと、そこに映る自分は明らかに若い。
侍女を呼び、今がいつかを確認する。
「王国歴……年でございますが……?」
セシリアは息を呑んだ。
――時が……遡っている。
ラースが言っていた現象。死に戻り。
「わたくしも……ラースと一緒に……?」
胸が熱くなる。困惑と、恐怖と、
そして――ほんの少しの嬉しさが混じった、不思議な感覚。
だが。
前回助けられた襲撃の時も、その後の戦場でも――
ラースは現れなかった。
「……どうして……?」
セシリアは胸に手を当てた。
ラースの魔力珠の温もりが、まだそこに残っている気がした。




