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第93話 世界魔導機構(WMO)(二日目)

ヴァニラに先導され、一行が辿り着いた世界魔導機構(WMO)総本部。それは、都市のど真ん中に鎮座する、もはや一つの山かと見紛うほどの巨大な石造りの建築物だった。


天を突くような尖塔と、幾重にも重なる魔道障壁の淡い輝き。その圧倒的な威厳に、風香は「ふぇぇ……」と完全に気圧されて足を止めてしまった。


「ふぇぇ……す、凄いですね。建物が大きすぎて、首が痛くなってきました……」

「俺も前に一度仕事で来た事があるけど、相変わらず、とんでもねー建物だよな。……権力と予算の塊って感じだぜ」


刹那もまた、隠しきれない緊張を誤魔化すように、わざとらしく鼻を鳴らした。一方、才牙としての精神を「宇宙(第六感)」に隔離し、肉体の幼女本能に身を任せている『さいか』は、キョロキョロと大きな瞳を動かしながら、無邪気な感想を漏らした。


「せつな、おっきいね。おしろみたい! 」

「ほら、みんな立ち止まってないでいくでー! 中で迷子になったら一生出られへんさかいな」


雅の明るい、しかしどこか現実味を帯びた冗談に急かされ、一行は建物の奥深くへと足を踏み入れた。

内部もまた、外観に違わぬ絢爛豪華さだった。磨き上げられた大理石の床、天井には魔力を動力源とした巨大なシャンデリア。廊下ですれ違う職員たちの洗練された身のこなし一つをとっても、ここが世界の中心であることを否応なしに突きつけられる。

やがて案内された待合室は、四人が余裕でくつろげる広さがあり、そこかしこに歴史を感じさせる高級な調度品が配されていた。


「こちらで、少々お待ちください。準備が出来ましたらお声がけいたしますね」

「ありがとうな、ヴァニラはん」


ヴァニラが静かに扉を閉めると、刹那は緊張を吐き出すように、ふかふかのソファにどかりと腰を下ろした。


「ふいー……。廊下歩いてるだけで肩凝るぜ。監視の目も厳しそうだしな」


風香は対照的に、壊れ物を扱うように椅子の端へちょこんと座り、膝の上で震える手をぎゅっと握りしめている。

そして『さいか』といえば、すでに椅子の上に身を乗り出し、テーブルの上に用意されていた総本部御用達(?)の高級茶菓子を、キラキラした目で物色し始めていた。


「一応今回は、A級アンヴァーの討伐と、風香はんのシルフとの契約のお祝いで呼ばれてるさかい、表向きは変なことは聞かれへんと思うけど……。いよいよ本番や、一応、意識合わせしとこか」


雅が居住まいを正し、三人に視線を向ける。その声には、日本支部の責任者としての鋭い覚悟が混じっていた。


「は、はい!」「うっす、分かってるっす」

「ねーみやび、これ食べていい? キラキラしてるよ!」


『さいか』が、金色の包装紙に包まれた見事なチョコレートを手に取って雅を振り返る。

雅は一瞬だけ毒気を抜かれたように目元を和らげると、「ええよ、食べながらでええから、うちの言うことちゃんと聞きや?」と優しく頷いた。


「こほん」と一つ、雅がわざとらしく咳払いをして、緩んでいた待合室の空気を引き締めた。

これから向かうのは、海千山千の怪物たちが集う魔窟だ。日本支部としての言い分に一ミリの綻びもあってはならない。雅は視線を鋭くし、三人に……いや、実質的に話が通じる二人に最後の念押しをした。


「ええな? 二人は聞かれたことに素直に答えればええ。……うちらは、風香はんの訓練もかねて第七地区で偵察型アンヴァーの大規模討伐を行っていた。それと『並行して』、大規模避難訓練を予定しておった。……そしたら、狩りが終わった直後、ちょうど訓練を実施していたタイミングで『本部から』A級来襲の連絡が来たさかい、訓練を引き続き続行し、討伐用に配備していた人員をそのまま回して対処した。……話はこれで通してある。ええな?」


この「偶然、並行して行われていた訓練」という建前こそが、日本支部の被害を最小限に抑えられた最大の理由であり、同時に「なぜ未曾有の事態で民間人の避難がこれほど速やかに完了したのか」という総本部からの鋭い追求をかわすための唯一の盾だ。


「ああ。たまたま訓練してたおかげで、迅速に動けた。……全くだ、運が良かったぜ」


刹那はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、雅の「腹芸」に完璧に乗っかってみせる。特攻隊長らしい、どこか不遜な態度は、こうした場では「隠し事のない強気」に見えるから不思議だ。


「は、はいっ! 本当に、皆様の避難が間に合ってお役に立てて良かったですぅ……っ」


嘘を吐くのが苦手な風香も、この「事実のパズルを並べ替えただけの建前」であれば、自らの純粋な正義感に照らして心から頷くことができた。彼女のこの真に迫った必死な表情こそが、逆に情報の信憑性を裏付ける最大の武器になる。


「せつな、これおいしいよ。はい、あーん」


そんな深刻な政治的意識合わせの最中、我関せずとばかりに『さいか』が、包装紙を剥いた二個目の高級チョコを刹那の口元に差し出した。


「お、おう……サンキュ。……って、あんま食べ過ぎんなよ? これから偉い人に会うんだから、口の周りチョコだらけにすんなよ」


刹那は苦笑しながらチョコを口に放り込み、幼女の柔らかな頭をわしゃわしゃと撫でた。

雅はそんな『さいか』を見て、内心で(……この子に腹芸を求めるんは、最初から無理な話やな)と改めて確信する。


待合室を包む豪華な静寂。だが、その裏側で日本支部の面々は、肌を刺すような無数の「視線」を感じ取っていた。

ここは世界魔導機構(WMO)の心臓部。ホテルの私室ですら安全とは言い切れないこの魔窟において、この待合室に監視カメラや集音魔法が仕掛けられていないはずがないのだ。


日本を発つ前に(さいかを除いて)綿密な打ち合わせを済ませてきたのは、このためだ。ここで迂闊な内緒話をすれば、その瞬間に事務総長の耳へ届く。

刹那は、あくまで「これからの面談への緊張をほぐすための確認」を装い、低い声で雅に問いかけた。


「……雅さん。一応聞いておくけどよ、戦闘の詳細も、ありのまま話して良いんだよな?」

「かまへんよ。隠すようなことでもないさかいな」


雅は扇子を広げ、ゆったりと優雅に仰ぎながら答える。その声は、どこまでが「演技」でどこからが「本音」か、監視している側にも決して悟らせない完璧な落ち着きを保っていた。


「さいかはんが『空間遮断』でA級アンヴァーを捕獲して、刹那はんと風香はんが外から、さいかはんが内から同時に攻め入って、コアを見事破壊した……。日本支部で話してくれた内容を、そのまま正直に話してかまへん。うちらの誇るべき戦果を、わざわざ卑下ひげする必要はどこにもないんやからね」


嘘を多くすれば、それだけ綻び(ほころび)が増える。

隠すべきは、「最初の来襲予知」という時系列の一点のみ。そこさえ『偶然の訓練』という建前で塗り固めてしまえば、それ以外の実際の戦闘記録については正直に話す方が、かえって信憑性を高めることになる。それが、老獪な雅が導き出した最善の「戦略」だった。


「わかった。……ま、実際あの時は必死だったからな。そのまま話すのが一番楽だぜ。飾る余裕なんてなかったしな」

「は、はい……! 私も、シルフ様と一緒に必死に戦った時のことは、しっかりお伝えしようと思います。」


重厚な扉が開くまでのわずかな時間。刹那は隣に座る『さいか』をちらりと見やり、その柔らかな髪を慈しむように撫でた。


「……雅さん。さいかにも色々聞いてきますかね? こいつに難しい質問しても、まともな答えは返ってこねーと思うんすけど」


刹那の懸念はもっともだった。この愛らしい幼女に、海千山千の怪物たちを相手にした高度な腹芸(政治的駆け引き)は到底不可能だ。万が一、総本部の老狐たちに詰め寄られ、時系列の矛盾を突かれたら――。

雅は「うーん」と指先を顎に当て、はんなりとした余裕のある笑みを浮かべたまま答える。


「……大丈夫やと思うわぁ。お偉いさん方が、こんな小さい子の言うことを一から十まで真に受けるとも思えへんしな。それに、さいかはんには『嘘つかんで、正直に話しなはれ』って伝えてあるさかい」


雅がこれほどまでに余裕を崩さないのには、確固たる理由があった。

実際の時系列は、以下の通りだ。


1.偵察型アンヴァーの狩りが終了。

2.その直後、才牙さいかが「世界を食い破るような不気味な感覚」を察知し、雅に報告。

3.日本支部が超法規的判断で、即座に「大規模避難訓練」と称して第七地区の住民を完全に避難させた。


しかし、この「緊迫した数分間の判断」の詳細は、『さいか』本人には詳しく話していない。彼女の中にある記憶は、あくまで「なんか怖い予感がしたから、みやびに教えた」という、子供らしい純粋な主観のみだ。


(仮に詳しく聞かれたとしても、この年頃の子や。時間の感覚なんてあやふやなもんやし、手柄を大きく言うたり、逆に都合の悪いことを忘れてしもたりするのは当たり前のこと。……正直に『わからへん』て言うのが、子供としては一番の正解や。監視してる連中も、当然それを計算に入れてるはずやわ)


雅の声は、盗聴を前提とした「完璧な日本支部の公式見解」として、何重もの意図を孕みながら待合室に響く。


「ま、さいかはんは、ありのままを……『お腹すいた』でも『眠い』でも、思った通りに喋ったらええんよ。それが一番やからな」


雅は扇子で『さいか』の頬を優しく撫で、決戦の場へと向かう最後の仕上げとした。


最後の一口の紅茶を飲み干し、雅が静かにカップをソーサーに戻した。そのわずかな陶器の音が、これから始まる「静かな戦い」の開始合図のように待合室に響く。

その時、重厚な扉が音もなく開かれた。


「お待たせいたしました、日本支部の皆様。面会室までご案内いたします。どうぞこちらへ」


そこに立っていたのは、案内役のヴァニラだった。

しかし、先ほどまでホテルのロビーで見せていた、どこかおっとりとした案内係の雰囲気は跡形もない。背筋を氷の柱のように伸ばし、一切の感情を排したその瞳からは、WMO総本部の「意志」を体現するかのような厳格なオーラが漂っていた。


「…………っ」


風香が小さく息を呑み、圧迫感に耐えかねたように反射的に刹那の腕を掴む。刹那もまた、無意識に鋭い視線でヴァニラを射抜き、無言で警戒を強めた。

そんな中、『さいか』だけは、空になったカップを名残惜しそうに見つめてから、素直に椅子からぴょんと飛び降りた。中身が宇宙を漂っているおかげで、ヴァニラの放つ威圧感を「なんか、おねえさんがカッコよくなった」程度にしか認識していない。


「……よろしゅう。案内、頼みますわぁ」


雅が立ち上がり、優雅な所作でヴァニラの後に続く。

一行が足を踏み入れた廊下は、先ほどまでとは明らかに空気が違った。窓一つない冷徹な石造りの空間に、5人の足音だけが規則正しく反響する。


やがて、回廊の突き当たりにある、巨大な黒い石材で作られた二重扉の前でヴァニラが足を止めた。

その扉には、金色に輝く世界魔法機構(WMO)の紋章が刻印されている。


「――日本支部代表、雅様。並びに随行員の皆様、ご入室ください」


ヴァニラが左右の扉に手をかける。

ゴゴゴ、と重厚な音が静寂を切り裂き、ゆっくりと、しかし拒絶を許さない力強さで扉が開かれた。


ヴァニラが重厚な扉を左右に押し開くと、そこには「広間」と呼ぶに相応しい、静謐せいひつと威厳に満ちた空間が広がっていた。

中央に配された巨大な円卓。その奥には、世界魔法機構(WMO)の最高意思決定を司る「七人の怪物」たちが、逃れようのない圧を湛えて並び立っていた。


正面中央に鎮座するのは、静かな威圧感を放つ事務総長、ガブリエル・ハミルトン。その隣には、先ほど言葉を発した右腕、ミネルヴァ・アイリーンが、冷徹な事務処理能力を感じさせる佇まいで控えている。

さらに事務総長を囲むように並ぶ各局長たちの、品定めするような鋭い視線が、容赦なく日本支部の一行へと突き刺さった。


「本日は、遠方よりご足労いただきありがとうございます。日本代表の皆様、席にお座りください」


ミネルヴァの事務的で、一切の温度を含まない声が、ピンと張り詰めた静寂を切り裂く。

用意された席は四つ。雅が代表として中央に、その両脇を刹那と風香が固め、そして刹那の隣には『さいか』の席が用意されていた。


「(ちょこん)」


大人用の椅子に対してあまりに身体が小さい『さいか』は、背もたれに届かないまま椅子に深く腰掛け、宙に浮いた足をぶらぶらとさせながら、目の前に並ぶ威圧感の塊のような大人たちを不思議そうに見つめた。


声が、冷たく、そして等間隔に室内に響き渡る。

ミネルヴァに紹介される名と共に、世界魔導機構(WMO)の頂点に君臨する者たちが、一人、また一人とその重圧を日本支部の一行へと向けてきた。


「事務総長、ガブリエル・ハミルトン」

「……諸君らの功績は正当に評価している。本日はその確認と共有の場だ。楽にしたまえ」


ガブリエルの声は、深く、穏やかですらあった。しかし、その眼差しの奥にはすべてを見透かすような鋭利な知性が光っている。


「情報局長、マシュー・グラントン」

「興味深い戦果だ。いくつか……いや、多くのことを確認させてもらいたい」


眼鏡の奥で目を細めるマシューの視線は、すでに『さいか』の存在を、解くべき数式か何かのように分析し始めている。


「作戦局長、クラウス・リヒター」

「研究局長、アナスタシア・ルナ」

「外交局長、ジャン・デュボア」

「管理局長、ラヴィ・ナラヤン」

「広報局長、イザベラ・ロッシ」


各局長たちが、それぞれ異なる思惑――感銘、疑念、あるいは打算――を孕んだ視線を投げてくる。

そして。


「倫理監査官、イングリッド・ソルベルグ」


少し離れた席に座っていた、銀髪をタイトにまとめた女性――イングリッドが、日本支部一行に向けて視線を向けた。その仕草は他の幹部に比べれば幾分か事務的に見えるが、その立ち位置は「魔法少女という存在が正しく扱われているか」を監視する、ある意味で最も厄介な番人でもある。


「そして私、事務局長補佐、ミネルヴァ・アイリーンが進行をさせていただきます」

「…………っ」


風香は、あまりの「格」の違いに、大人用の椅子の上で今にも消えてしまいそうなほど身を縮めている。刹那は、持ち前の度胸で背筋を伸ばしているが、その膝がわずかに強張っているのを俺(の身体)は見逃さなかった。

そして、肝心の『さいか』はといえば。


「(ぶらぶら)」


巨大な椅子の座面で、足の届かない短い脚をぶらぶらさせながら、興味深げに幹部たちの顔を見渡していた。その瞳には、世界のトップを相手にしているという緊張感など微塵も存在しない。


世界を統べる怪物たちと、日本からやってきた「切り札」との幕が上がった。

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