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第92話 精霊イフリートとフランス代表

スペイン代表の二人と別れ、ようやく自分たちのテーブルに戻った刹那と『さいか』。その苦々しい表情と、どこか落ち着かない様子を、先に席に着いていた雅が見逃すはずもなかった。


「どうしたん? 二人とも戻るの遅かったし、なにかあったん?」


雅が心配そうに身を乗り出し、二人を交互に見つめる。刹那は「しまった」という顔をしたが、まさか「マスコット扱いされて喧嘩になりかけました」などと日本支部の重鎮である雅に正直に言えるはずもなく、バツが悪そうに視線を逸らした。


「あー……いや、何でもないっす。ちょっと料理の種類が多くて、ガキンチョがどれ食うか迷ってただけっすよ」

「本当に? 何かあったら、ちゃんとうちに言うんやで? 慣れん土地なんやから」


雅はまだ疑わしそうな目を向けていたが、刹那が「大丈夫っすよ」としつこく誤魔化すので、それ以上は追及せず「ならええけど……」と食事を再開した。

『さいか』もまた、刹那に促されて椅子に座り、運ばれてきたふわふわのオムレツを夢中で小さな口で食べ始める。

平穏な朝食に戻った――そう思った、その時だった。


「スペイン代表のカルメンと、ソルはんやな」


耳元で響いた、聞き慣れないがどこか親しみを感じさせる、ゆったりとした京都弁にも似た喋り方。

日本支部の四人が驚いて顔を上げると、いつの間に隣の席に座っていたのか、一人の少女が優雅にクロワッサンを口に運んでいた。


「う、うおっ!? いつの間に! ってか、誰だよお前!?」


刹那が椅子を鳴らして驚愕の声を上げる。気配を全く感じさせず、最初からそこにいたかのように自然に輪の中に紛れ込んでいたその少女は、驚く周囲を構うことなく解説を続けた。


「まー、スペインは実力至上主義やしなぁ。特にソルはんに至っては、あの炎の精霊『イフリート』の契約魔法少女や。うちら一般の魔法少女とは、元々の『格』が違うってやつやな」

「イフリート……っ!」


風香がその名を聞いて、ビクリと肩を震わせた。同じ精霊の契約者として、その名が持つ絶対的な重みを誰よりも理解しているのだろう。


「あ、自己紹介が遅れたな。うちの名前はエリーズ・ノルワール。フランスの魔法少女や。以後、よろしゅうなぁ」


エリーズと名乗った少女は、栗色の髪を揺らしながら、人懐っこい笑みを浮かべて日本支部の面々を見つめた。その瞳には、カルメンたちが向けてきたような侮蔑の色はなく、どこか観察を楽しむような、底の知れない知的好奇心が宿っている。


先ほどのスペイン代表・カルメンとの不快な遭遇もあり、刹那の警戒心は最高潮に達していた。

ずかずかとパーソナルスペースに入り込んできた自称フランス代表のエリーズに対し、刹那はフォークを握る手に力を込め、低く威嚇するような声を出す。


「そのフランスの魔法少女がなんの用だよ。……悪いが、うちらにフランス支部が用があるとは思えねえけどな」

「ふふふ。そんなにツンツンせんといて。うちのことは『エリ』でええで? よろしゅうな、刹那はん」

「なっ、俺の名前まで……!?」


さらりと本名を呼ばれ、刹那の眉が跳ね上がる。総本部に提出されている資料を読み込んでいれば不思議はないが、初対面でこうも容易く距離を詰められると調子が狂う。

エリーズ――エリは、困惑する刹那を柳に風と受け流すと、隣でオドオドしている風香に視線を向けた。


「それに、今回の式典の目玉である『シルフ様と契約した魔法少女』がいらはるんや。そら、気にするなっちゅーのが無理な話やと思わへん?」

「ふ、ふぇえっ!? わ、私ですかぁ……っ!」


突然話を振られた風香は、驚きのあまり手に持っていたトーストを落としそうになり、涙目で固まった。

エリはそんな風香の反応を上品に、しかしどこか底の知れない笑みを浮かべて見つめる。


「ふふふ。……それに、せっかく世界中から魔法少女が集まる交流会や。身内だけで固まってごはん食べてるんは、ちょっと勿体無いやろ?」


エリはテーブルに肘をつき、楽しげにフロアを見渡した。

各国の代表たちが互いに牽制し合い、あるいは情報を引き出そうと視線を交差させているこの朝食会場。日本支部は、良くも悪くも「シルフの契約者(風香)」と「謎の切りさいか」という二つの爆弾を抱えているのだ。


(……このエリって女、食えねえな。カルメンみたいな分かりやすい敵意より、こういう『親しげに懐に入ってくるタイプ』の方が、ヤンキー的には一番やりづらいぜ)


エリーズは細い目の奥から、キラリと鋭い光を覗かせた。その視線は、無心でオムレツを頬張り、ケチャップで口元を少し汚しながら幸せそうにしている『さいか』に固定されている。


「日本支部の『切り札』言うのにも、興味あったしな」


食欲という本能に忠実な『さいか』は、向けられた視線にようやく気づくと、スプーンを止めてキョトンと首をかしげた。頬をリスのように膨らませたまま、目の前の美しいお姉さんを見つめる姿は、どこからどう見てもただの無垢な幼女だ。


「おはようさん、さいかちゃん。エリーズゆうもんや。エリって呼んでな? よろしゅうな?」

「……おはよ……エリ……」


『さいか』がたどたどしく名前を呼ぶ。その愛くるしい反応にエリーズがさらに目を細めた瞬間、スッと黒い影が割り込んだ。

刹那が『さいか』への視線を塞ぐように前に立ちはだかり、エリーズの視線を物理的に遮断した。


「ご苦労なこって。なら、もう目的は果たしただろ? とっとと他の席へ行きな」

「あらまぁ。そんなに邪険にせんといてぇな、刹那はん。うちはただ、仲良うなりたいだけやのに」


エリーズは肩をすくめてクスクスと笑った。刹那の剥き出しの敵意を、まるで子供のワガママでもあやすかのような余裕で受け流す。その態度は、どこか底が知れず薄気味悪い。


「ま、今回はタイミングが悪かったみたいやな。……ほな、またなあ、さいかちゃん。次はもっとゆっくり、お話ししよなぁ?」


引き際は鮮やかだった。エリーズはあっさりと席を立つと、最後にひらひらと手を振って、優雅な足取りで人混みの中へと消えていった。

『さいか』もまた、反射的に小さく手を振り返す。


「……ったく、朝からなんなんだよ。スペインの次はフランスかよ。」


嵐が去った後のように、刹那が大きく一息ついて椅子に座り直した。


「エリ、みやびとおんなじ言葉だった」


ふと、『さいか』が不思議そうに雅を見上げてそう言った。先ほどのエリーズの、はんなりとした、それでいてどこか食えない喋り方。それが雅の使う言葉遣いと重なって聞こえたらしい。


「ん? ……ああ、さいかはんには、エリーズはんの言葉が、京都弁に聞こえたんやな?」

「うん!」


無邪気に頷く『さいか』を見て、雅は「えらいなー、よう気づいたな」と目を細め、その柔らかな頭を優しくなでなでした。


「でもな、別にエリはんは京都弁で話してへんのよ。……これはな、さいかはんが『この人は京都弁で話しそうやな』って無意識に思ったから、つけてる『妖精の耳』が気を利かせて、一番しっくりくる言葉に自動翻訳してくれたんよ。……ふふ、ちょっと難しい話やったかな?」

「うーん……?」


『さいか』は宝石のような瞳をぱちくりさせ、可愛らしく小首を傾げた。

どうやら「相手が何を喋るか」ではなく「自分がどう感じるか」で聞こえ方が変わるという『妖精の耳』の特性は、今の『さいか』の頭には少し複雑すぎたようだ。


「ええよ、難しいことは考えんで。……ほら、口の横にケチャップついたままや。お姫様が台無しやで?」


雅は手慣れた様子でナプキンを使い、優しく『さいか』の口元を拭ってやる。


そううこうして、『さいか』が最後の一口を満足そうに平らげ、お腹をさすりながら「ぷはーっ」と小さな息をつく。その無邪気な様子を確認するや否や、雅は扇子をパチンと閉じ、居住まいを正して席を立った。


「ここに居っても、これ以上面倒ごとになりそうやし……。さっさと準備して、お偉いさんとの面会にいこか? ヴァニラはんも待たせてるしな」

「そうっすね。これ以上、他所の連中にジロジロ見られるのは御免だ。胸クソ悪ぃ……。ほらガキンチョ、行くぞ」


刹那も即座に同意し、どこか苛立ちを隠せない様子で、『さいか』の小さな手をしっかりと握る。まだ咀嚼している風香も慌てて口の中にパンを放り込み、「ひぇっ、待ってくださいぃ!」と椅子を鳴らして立ち上がった。


こうして日本支部一行は、まだ朝食を楽しんでいる各国の魔法少女たちの好奇と牽制が入り混じった視線を背中に感じながら、早々にビュッフェ会場を後にした。


ラグジュアリーホテルの重厚な自動ドアが閉まり、背後の喧騒が遠のいていく。

総本部滞在、二日目。

静かな、しかし確実な嵐の予感と共に、ついに政治の表舞台――事務総長らとの面会へと向かうための、最初の一歩を踏み出した。

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