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第91話 ビュッフェと魔法少女(二日目)

総本部滞在、二日目の朝。

遮光カーテンの隙間から差し込む異国の眩い朝日が、最高級貴賓室ロイヤルスイートの厚い絨毯に黄金色の筋を作っていた。


いち早く目を覚ました刹那は、隣で眠る二人の様子に思わず口元を緩めた。

そこには、小柄な『さいか』をがっしりと抱き枕のようにして、幸せそうな寝顔でスヤスヤと眠る風香の姿があった。抱きしめられている『さいか』もまた、抵抗する様子もなくその腕の中で小さく丸まって、規則正しい寝息を立てている。


(……平和なもんだな、こいつらは。)


枕元のスマホで時間を確認すると、雅との待ち合わせまではまだたっぷりと余裕がある。

刹那は音を立てないよう、しなやかな動きでベッドを抜け出し、朝のルーチンを開始した。


まずは熱めのシャワーで、昨夜の移動疲れと微かな緊張を洗い流す。

鏡の前で髪を整え、丁寧に歯を磨く。これから向かうのは、WMOのトップたちが待ち構える伏魔殿だ。ヤンキーとしての気合いを心の奥底に入れつつも、表向きは従順な魔法少女としての皮を被り直す。


準備を終えて寝室に戻っても、ベッドの上の二人は相変わらず夢の中だった。

刹那は「やれやれ」と肩をすくめ、まずは一番御しやすい風香から排除することに決めた。


「おい風香、いつまで寝てんだ。朝だぞ、起きろ!」

「ひぇっ!? ……あぅ、せ、刹那ちゃん……あと五分、あと五分だけ極楽なんですぅ……」

「五分もねぇよ! さっさとシャワー浴びて目を覚ましてこい!」


バシバシと遠慮なく枕で叩かれ、風香は「ふぇぇ……鬼です、悪魔ですぅ……」と涙目でヨレヨレになりながら、浴室へドナドナされていった。

さて、残るは中央で眠る『切り札』である。


「……おい、ガキンチョ。朝だぞ、起きな」


風香の時とは打って変わり、刹那の声は信じられないほど優しい。

彼女はベッドの縁に腰掛け、シーツから覗く『さいか』の小さな肩をそっと揺らした。


「んぅ……? ……せつな……ぁ?」


ゆっくりと瞼が上がり、宝石のような瞳がまどろみの中で刹那を捉える。

『さいか』は小さく欠伸をすると、まだ覚醒しきらない頭で、無意識に刹那の腕に「ぎゅっ」と力なく抱きついた。


「……まだ、ねむい……」

「……っ。あー、気持ちはわかるがな、今日は大事な日なんだ。ほら、顔洗ってシャキッとしようぜ」

(……こいつ。無自覚に可愛すぎるだろ。……反則だろ、これ)


刹那は顔を少し赤くしながら、無防備に甘えてくる『さいか』の頭を、壊れ物を扱うような手つきで優しく撫でた。


まだ夢うつつの『さいか』を椅子に座らせ、刹那は驚くほどテキパキとした手つきで準備を進めていく。

口をもごもごさせる彼女に歯磨きをさせ、温かいタオルで顔を拭い、宝石のような髪を丁寧にとかしていく。その一連の動作は、まるで熟練のメイドのようだ。


「よし、次は服だ。雅さんに釘を刺されてただろ、今日はお偉いさんに会うから『清楚に、かつ威厳を』ってな。……っつーか、またフリフリじゃねーか。これでもかってくらいレースがついてんな」


文句を言いながらも、刹那は用意されていた面会日用の衣装を『さいか』に着せていく。

光沢のあるシルクの生地に、細やかな刺繍が施された贅沢なワンピースドレス。清楚な中にも格調高さを感じさせる、まさに「最高戦力のお披露目」に相応しい装いだ。


「朝はホテルのビュッフェらしいからな。雅さんと合流して行くぞ。ほら、袖通せ。じっとしてろよ」

「ふぁふぁったー(わかったー)」


完全に赤ん坊扱いの状態だが、中身の精神が宇宙(第六感)へ絶賛逃避中の『さいか』は、されるがままに短い腕を通す。鏡に映る自分を見ても、「きれいなふくー」程度にしか思わない、無垢な幼女そのものの反応だ。


そんな中、背後で「ふぇぇ……」と情けない声が上がった。


「ふぇーん、刹那ちゃん……寝癖が直らないですぅ……。この頑固なハネが、私の重力操作でも直せません……!」


鏡の前で、爆発したような頭を抱えて涙目になっている風香。

刹那は「はぁ……」と盛大にため息をつくと、『さいか』の髪を整えていたブラシを一度置き、風香の隣へ歩み寄った。


「あーもう、風香もそこに座れ! ……ったく、どいつもこいつも俺がいねーと何もできねーのかよ。世話が焼けるぜ」

「ひぇっ、ありがとうございますぅ! さすが刹那ちゃん、頼りになりますぅ!」


不機嫌そうに口を尖らせつつも、結局は二人の面倒を完璧に見てしまう刹那。

彼女のテキパキとした動きによって、数分後には、完璧に整えられた「清楚な美幼女さいか」と、なんとか見られる姿になった「精霊の契約者(風香)」が完成した。


「ほらお前ら、時間がねーんだ! いくぞ!」


刹那が勢いよくドアを開け、俺たちの手を引いて廊下へと踏み出す。そこには、同じく正装に身を包み、日本支部の代表としての威厳(と、昨日からの疲労)を漂わせた雅が待っていた。


「おはようさん。ふふふ、三人ともえらい綺麗に仕上がったなぁ。特にさいかはんは、どこに出しても恥ずかしくないお姫様やわ。……さて、腹が減っては戦はできへん。総本部自慢の朝食、堪能しに行こか?」


案内役のヴァニラに連れられてやってきたのは、ホテルの最上階に近い場所に位置する広大なビュッフェ会場だった。天井まで届く大きな窓からは、朝日を浴びて輝く総本部の街並みが一望できる。そしてフロアには、世界各国の料理が所狭しと並べられていた。焼きたてのクロワッサンの香ばしい匂い、新鮮なフルーツの甘い香り、そして目の前の鉄板で焼かれるオムレツの音。


その光景を前に、お洒落なドレスに身を包んだ『さいか』の瞳が、宝石のようにキラキラと輝き出した。


「わあぁ……! すごーい! ぜんぶたべたい!」


しかし、子供の背丈ではカウンターに並ぶ豪華な料理には到底手が届かない。必然的に、刹那がトングを持って給仕することになる。


「ほら、ガキンチョ。何が食いたいんだ? 指差してみろ」

「あれと、あれと、あと、あっちのピンクのやつも! いーっぱい!」


『さいか』は短い指で、パンケーキ、エッグベネディクト、さらにはデザートコーナーのケーキまで、目につくものを次々と欲しがった。自分の小さな胃袋の限界など、今の彼女の頭には微塵もない。


「……オメーはそんなに食えねぇだろ。どれか一つにしろ」


刹那は呆れたように眉を寄せ、ピシッとトングを止めた。


「えー! せつなのケチ! ケチケチケチー!」

「ケチじゃねー、これはマナーなんだよ。欲張って残したりしたら、一生懸命作ってくれた人に失礼だろうが。一個ずつ、ちゃんと食い切ってから次に行け」

「ぶぅー……」


正論を突きつけられ、『さいか』はこれ見よがしに頬を膨らませて拗ねてみせる。その様子を後ろで見守っていた雅は、扇子で口元を隠しながら、微笑ましそうに目を細めた。


「ふふふ、ええお姉ちゃんぶりやね、刹那はん。……さて、風香はんも迷うてんと、好きなもん取ってきなはれ。今日は長丁場になるさかい、しっかり食べておくんやで」

「……うぅ、私、朝はあまり食べられなくて……緊張で胃が、胃が痛いですぅ……」


こうして、騒がしくも贅沢な朝食タイムが始まった。

豪華な料理に囲まれ、ふわふわとした足取りで歩いていた『さいか』の視界は、お皿の上の美味しそうなフルーツに釘付けだった。刹那が自分のぶんのプレートを運んでくれているのも構わず、一歩前へ踏み出した瞬間――。


「あうっ」


正面から歩いてきた誰かの腰のあたりに、ごつんと頭をぶつけてしまった。


「おい、ちゃんと前見ろ! ……すみません、大丈夫でしたか?」


刹那が慌てて割って入り、相手に対して頭を下げる。だが、ぶつかった相手から返ってきたのは、穏やかではない低い舌打ちだった。


「ちっ……。はしゃいでんじゃねーよ、ガキが」


見上げれば、そこには彫りの深い顔立ちに鋭い眼光を宿した、見慣れない衣装の少女が立っていた。赤い情熱的な意匠をあしらった戦闘服をラフに着崩したその姿。スペインの魔法少女、カルメンである。

彼女は寝起きで機嫌が悪いのか、鼻を鳴らして刹那と『さいか』を蔑むように見下ろした。


「……って、極東の田舎もんじゃねーか。ガキまで連れて、オメーラみたいな田舎者にここは早すぎたんじゃないのか?」

「なんだと……?」


刹那の眉間にピキリと青筋が浮かぶ。だが、ここはWMO総本部。不用意に手を出せば日本支部の顔に泥を塗ることになる。刹那は拳を握りしめ、剥き出しになりそうなヤンキーの闘争心を強引に飲み込んだ。


一方、ぶつかった衝撃とカルメンの迫力に圧倒された『さいか』は、半泣きで刹那の背後に隠れ、その服の裾をぎゅっと握りしめる。


「ちっ……あー、ぶつかって悪かったな。ほらガキンチョ、お前も謝れ」

「……ごめんなさい……」


刹那に促され、小さな声で謝る『さいか』。

その様子をカルメンはジロジロと、まるで品定めするかのような下卑た視線で観察し、やがてニヤリと嫌な笑みを浮かべた。


「へー、そいつが例の……。やっぱ噂は本当だったみたいだな」

「……噂?」


刹那が訝しげに問い返すと、カルメンは肩をすくめて吐き捨てるように言った。


「実力も実績もねえ日本支部が、虚栄心のために見た目だけの魔法少女を持ち上げてるってやつだよ。マスコットでも育てるつもりか? 笑わせんじゃねーよ」

「なっ……!!」


刹那が激昂し、一歩踏み出そうとしたその時。


「カルメン。何をしている、選んだなら席に戻るぞ」


背後から、凍てつくような静かな声が響いた。

カルメンの仲間であり、同じスペイン代表の魔法少女、ソルだ。彼女はカルメンとは対照的に、一切の感情を感じさせない冷徹なオーラを纏っている。


「おー、ソル。悪い悪い、すぐ戻る」


カルメンは軽く手を挙げると、最後にもう一度『さいか』を嘲笑うように一瞥し、背を向けた。

ソルと呼ばれた少女もまた、刹那と『さいか』の二人を「視界に入ったノイズ」とでも言いたげな無関心さで一瞥しただけで、興味なさげにその場を去っていった。


「…………クソが。……おいガキンチョ、大丈夫か?」


刹那が心配そうに振り返る。『さいか』は「……うん、こわかった」と幼女らしく震えていた。

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